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誰かの願いが届くとき 36 家族同然のメンツ

事務所のあるレトロなビルのエレベーターの中で、ボンヤリとしていた帆乃の頭の中がやっとハッキリしてきた。

自分がこれからどんな状況に晒されるのか不安になって来たところで、とんでもない事に気がつく。


「、、どうしよう!!

私、顔洗ってない、、髪の毛も、、」

洗顔の用意を持ってなくて、起きてから鏡をろくに見てないことに気がつき、咄嗟に髪の毛を撫で付けた。


焦り出した帆乃を見ながら、冬は何でもないように励ます。


「大丈夫!

帆乃ちゃんはいつでも全部とっても可愛いから。

直輝さん、事務所の社長なんだけど、お父さんみたいなもんだし、皆んな気の置けない家族みたいだから、何も気にしなくていいよ!」


そう話す冬の顔を、今朝、初めてマジマジと見た帆乃は

「、、舞島くん、今日はメガネかけてない、、」

ガックリと首を落とした帆乃に、冬は慌てて言った。


「ヤバっ!忘れた、、ま、いっか。

平気平気!

オレが帆乃ちゃんを選んだんだから、何言われたとしても、絶対守るから大丈夫!

皆んな何も気にしないって!」


冬の能天気な自信たっぷりの発言を聞いても、帆乃は今更もう遅い、どうしようもないと気を失いそうになる。


冬は帆乃の手を引いて事務所に入り、無人のエントランスの奥にあるミーティングルームへ進んだ。


それより以前、直輝は今朝、冬の自宅で見た事を千里に相談した結果、あの冬が一時の気の迷いで女の子を自宅に泊めるわけなんてあり得ない。

きっとその子は特別な人なんだろうと言う事で、なるべくそっと見守ろうと言う話に落ち着いていた。


先に事務所で今回のプロジェクトを進める上での主要人物達に、冬と脚本家の関係について必要以上に触れないようにと断りを入れておく。

映像カメラマンの松田とマネージャーの大林沙織もその中にいた。

松田は昨日、冬がいきなり演技をし始めて帆乃を驚かせ泣かせたことを知っていたので、面白がっていた。


「、、相変わらず、冬は恐ろしい子じゃの、、

たったの一晩で家に連れ込んで上手いことやったんか。

やはり、やる時はヤルおとこ、、、」


妻の沙織が厳しい目つきでピシッと言い放つ。

「松田さん、下世話な話はしないでください。

映画について話をするんですよ。

プライベートの話は慎んでください」


松田は妻に叱られたというのに、嬉しそうに反論する。


「全くその通りじゃて!

じゃがの、正直気になるじゃろが?

あの冬が連れて来る女の子じゃぞ?

そいに、ワシと沙織ちゃんのプライベートなんぞ、ここじゃダダ漏れしとるがの」


松田は開始時間まで嬉しそうに、散々自分達の双子の写真やビデオを見せてはしゃぎまくっていた。

夫の浮かれ具合は最近行き過ぎていると感じていた沙織は厳しく注意する。


「プライベートを見せつけられて喜ばない人もいるんですよ。

その辺りをよく考えて行動してください。

言っても理解出来ないなら、然るべき手段を取らせてもらいますが」

松田は沙織の本気を感じて大人しくなった。


それから、スケジュールや手配の確認をコーディネーターのナカヨシさん、助監督の村雨くんと相談し始めていると、冬と帆乃が手を繋いで入って来た。

寝起感満載のふたりは、服はちゃんと着ているが、髪の毛は寝癖のままで、手にコンビニのナイロン袋をぶら下げている。

まるで落ちぶれたアーティスト崩れの男が、田舎から出てきたばかりの何も知らない女子大生を言いくるめて連れ込んで来たような図だった。

それを見た一同は言葉を失い沈黙したが、すぐさま沙織と直輝はサッと立ち上がって帆乃に会釈をし、直輝は謝罪し始めた。


「小柳さんですね。

私が社長で責任者の宮沢直輝です。

この度は冬が小柳さんに大変失礼なことをしてしまい、申し訳ございません!

全ての責任は、この私の、、

それで、、、え~と、、、」

沙織を除く知らない人たちの視線を集めた帆乃は、顔を強張らせてパッと冬の後ろに隠れてしまった。

そんな帆乃を守るように冬は皆んなに紹介する。


「帆乃ちゃん、大丈夫だよ!

皆んな良い人ばかりだからね。

直輝さん、堅苦しいのはやめて。

こちらが小柳帆乃さん、オレのだい、、」


冬はその続きを言おうとしたが、どう言えばいいのか、まだ帆乃に告白もしていないのにと赤くなり考え込んでしまった。

その時、帆乃は覚悟を決めて冬の後ろから出て後を続ける。


「、、初めまして、小柳帆乃です。

遅れて申し訳ありません。

舞島くんとは中学の同級生です。

最初は分からなかったんですが、今回このようなお話をいただいてありがたく思ってます。

どうぞよろしくお願いします!」

なんとか普通に挨拶出来たと帆乃は安堵したが、皆の反応はますます驚きを増していた。


「あのう、、舞島くん、って誰んことかの?」

沈黙を破り、冬の本名を忘れている松田が呟いた。

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