誰かの願いが届くとき 59 セッション
翌日の午前中から、主要な演者達のオーディションが始まった。
ビデオ審査で選ばれた茜の仲間や、他の俳優達が、タイムスケジュールに沿って、オーディションされていく。
生まれて初めてこの様子を見る帆乃は、自分の事のようにドキドキした。
皆んな直向きで輝いて、応援したくなる。
イメージに合う人もいれば、なんだかわからないけど不思議で魅力的な人もいて、目まぐるしく変化していく演技にただ圧倒されていた。
その中で、茜も頑張っている。
先入観が強すぎて冷静に観られない。
どうなのかよくわからなかったけど、演じたいという思いが一際強く伝わってきて、それが素敵だなと思う。
休憩を挟み、午後を過ぎてから一番重要なヒロイン役のオーディションが始まった。
皆、寂しさと怒りと弱さで、もがきながらも自分を必死に守ろうとするヒロインの表現を、それぞれ思いを込めて演じていた。
皆んなとても演技が上手くて可愛くて、誰かに決めるのは難しいほどだった。
でも、なぜかどの人も決め手に欠ける。
何が悪いわけではないのに。
冬とセッションしてもらい、相性を確かめようとしたけれど、やはり制作側は一様に納得がいかないものを感じた。
全てのオーディションを終えて、結果は後日連絡ということで、全員帰ってもらう。
残ったスタッフで、村雨くんの撮ったビデオを観ながら、何がダメなのか考えていたが結果は出ない。
ついに業を煮やした松田が冬に言った。
「オイ! 冬!
お前のオーラが薄ーーい!
帆乃の前じゃいうて、本気出してないんかい?
そげなじゃ、ヒロインがまこと輝かんがの!」
そんなはずはないと困った冬は
「どうなんだろう、、
自分でもわからない。
確かに熱量が、持っていかれ方が少ない気がする。
参ったな、、」
帆乃もどうしたら良いのかわからなくて、何も言えなかった。
解決策を考えようと直輝が言う。
「ヨシ!
もう少し違う感じの女優さんを探してみよう。
しっくり来ないまま誰かに決めても、後悔が残ったら意味がないぞ」
確かにその通りだった。
その時、松田が余計なことをまた言い始めた。
「帆乃よ。
ちょいとそこに立って、さっきのやってくれんかの。
そしたらイメージが掴めるかもしれんの。
ホレ、冬も一緒にやれ!」
それを聞いた帆乃はとんでもないと思った。
「無理だよ!
やったことないし、出来ないよ!」
それでも松田は遊びのつもりで気楽にすれば良いと言う。
「帆乃の映画なんぞ。
何、恥ずかしがっとる場合じゃ。
さっきの見とるから要領はわかっとるはずじゃて」
確かにそうだと思い、帆乃は渋々前に立った。
「帆乃、難しゅう考えんでええよ。
ワシが優しいにするからの。
最初は声出すだけでええからの。
ホレ、その調子じゃ。
次は、もうちょい早く大きな声で言おうか?
うん、ええ感じじゃ。
セリフ間違えてもアドリブでもええぞ。
気にせんとな。
次は、帆乃の可愛がっとる仔猫を誰かが勝手に奪って捨てたと思ってやってみ?
おおう、凄くええぞ、、」
帆乃は松田に誘導されて、わけもわからずセリフを言い続け、段々それっぽくなって来た。
最後だと思った松田は、こっそり村雨くんにカメラを回すように合図した。
村雨くんがサイドに周り、帆乃から見えないようにカメラを回す。
そして松田は今までの優しい表情から一変して、突然、下から帆乃に睨みをきかせ、強く脅し始めた。
「、、オイ、、
お前みたいな小娘が偉そうに。
こげな表に出しゃばって、正直、皆大迷惑なんじゃ。
ズブの素人が何勘違いしとるんか知らんがの。
お前なんぞ邪魔くそで、はっきり言うていらんのじゃ。
どこぞに根性あるとこ、見せれるんか?
覚悟はあるんか?
言うてみい!!
お前みたいな中途半端な野良猫は、さっさとシッポ垂らして、元のネグラに往ね!
二度と顔出すんじゃねえぞ!
怯えて死ぬまでネグラで静かにしとれ!
ええの!?
わかっとんのか?
オイ!!!」
それを聞いた沙織は直ぐに松田の元に行き、利き手に思い切りスナップをかけて、パシーンと松田の頬を勢いよく引っぱたいた。
驚いた冬は、帆乃を守ろうと耳を塞ぐように抱きしめる。
突然の罵声に、帆乃は恐怖で身体がブルブル震え、涙が込み上げて来た。
しかし、次の瞬間、腹の底から湧き上がる強烈な怒りで、頭に血が上るのがわかった。
しっかりと抱きしめている冬を、思いっきり乱暴に離し、震えながら帆乃は怒りに燃えた目で冬を見すえた。
拳を固く握りしめて真っ直ぐに力強く立ち、そして静かな怒りの込められた声で話し始める。
「、、何ダサくてクサイこと言ってんの?
おかしくて吐きそうだよ、、
たかが下僕の分際で、偉そうに同情して、この私が泣いて感謝すればいいわけ?
、、冗談じゃない。
アンタみたいな、全方位に恵まれて、愛されて幸せな人がいるんだって、まるで異次元の珍獣発見したみたいだったよ。
私の気持ちの何が知りたいって?
上から目線で善人ぶって甘いこと言うな!!
、、きらい、、
私もアンタも皆んな大っ嫌い!!
もう何もかも、
この世界、
丸ごと全部消えて無くなってしまえ!!!」
振り絞るように叫ぶ言葉は、帆乃が心の奥底に抱えていた間違っていると思う世界への怒りの爆発だった。
松田は沙織に思いっきり打たれた頬を押さえながら言った。
「、、帆乃よ、
出来るがの。
今日一番の名演技じゃて」
我に返り気が遠くなった帆乃を、冬はしっかり脇に抱えて、そのまま場を離れた。
残された全員、黙ってそれを見送り、今見た光景の余波を感じていた。