誰かの願いが届くとき 85 魔法使いの帰還
6月になり、冬はコンサートツアーを無事に終えて、直輝たちと共に東京へ帰って来た。
大して疲れたとは思っていなかったけれど、身体は限界を超えていたのか、自宅に着くとドッと疲れが出て、その夜は泥のように深く眠った。
夢の中で、今まで聞いたこともない曲を、高らかに気持ちよく歌っている。
歌詞とアレンジまでほぼ出来上がっているその歌は、星や銀河といった宇宙の壮大さと存在を表現し、我ながら良い歌じゃないかと感動する。
目が覚めると、すでに昼前で、今しがたの歌を忘れないように記憶を残そうとしたが、大半はこぼれ落ちてカケラしか残らなかった。
一体何だったんだろう?と、ボーッとして考えていると、千里が部屋の掃除に来た時に飾ってくれたのか、キッチンのカウンターに小さなラベンダー色の花が仲良く集まった紫陽花を目にした。
近づいて良く見ると、花びらが沢山ついた一つ一つの花たちは、冬に向かって元気いっぱいに話しかけているようだった。
心にポッと灯がともる優しい気持ちになった冬も、紫陽花たちに笑いかけて
「おはよう。
とっても元気で可愛いんだね」
そう呟くと、花たちの側に置いていたスマホが鳴り出したので見ると、千里からだった。
直輝は冬を連れてツアーから戻り、無事に全日程を終了した安心感からホッとして、こちらもぐっすりと眠っていたら、千里が勢いよく叩き起こしに来て驚いた。
「千里さん、、
今日くらいは頼むから、ゆっくり寝かせてくれ、、」
そんな場合ではないと、やたら張り切っている千里は
「何言ってんの!?
もう10時過ぎよ、いい加減寝てるよ!
そんなことより、帆乃から久々に連絡あって、11時頃にお母さんと一緒に家に来るって!
どうしたんかしら?
これ、冬が帰るの待ち構えてたよね?
早く起きてよ!
帆乃たちが来るよ!」
それを聞いた直輝はたちまち目が覚めた。
「なんだって!?
こりゃ大変だ。
千里!
冬に早く知らせろ!」
それを聞いても千里は動かなかった。
「それが、冬には来るまで何も言わないでって。
来たら全部話しするから、だって。
もう意味深過ぎておかしくなりそう、私!
あ、それから帆乃ったら、直輝の大盛り茶碗蒸しと私のクルミパンがどうしても食べたいって泣いてた。
あの子ったら!
早く言ってよねー
お昼に間に合わないじゃない!
あと、プリンはどうしてる?って。
、、そう言えば、冬のことは何も聞かなかったな、、」
興奮した千里と直輝は、バタバタと迎える用意を始めた。
そして、約束の時間にやって来た帆乃と母を見て、このふたりは驚き過ぎて言葉が出なかった。
それでも何とか帆乃をソファに座らせて、お茶も出すのを忘れるくらい、唖然として帆乃のお腹を穴が開きそうなほどに見つめた。
そんなふたりに帆乃の母が話し始めた。
「本当に申し訳ありません。
急にお邪魔して、、
直輝さんは帰国されたばかりで、お疲れでしょう。
ウチの帆乃が全部悪いんです、、
絶対に言うなって。
もう、私が気が気でなく、何でもいいから早く冬くんに知らせなさいって、連れて来てしまいました。
あ、体調は今のところ落ち着いてるんですよ。
全員、、」
何とか気を取り戻した千里が
「そんなこと!
全く気にしないでください!
帆乃!
ところでもう産まれるんじゃないの?
そのお腹、、
いくら何でも大きすぎない?」
直輝も独り言みたいに呟く。
「本当だ、、、
今直ぐにでも産まれそうだぞ、、
、、全員って、、
もしかして双子、なのか?」
恐る恐る聞く直輝に、帆乃は申し訳なさそうに言った。
「ごめんね、千里さん、直輝さん、、
赤ちゃんたち、まだ産まれないよ。
予定日は9月の初めくらいだけど、何があるか分からないって言われたの。
双子じゃないの。
三つ子なの、、、
あっ!プリンちゃんだ。
久しぶりだね、元気だった?
相変わらず可愛いね!
帆乃にナデナデさせて!」
無邪気に擦り寄って来たプリンちゃんを撫でる帆乃だったが、三つ子と聞いた直輝と千里は、後ろにそのまま倒れそうだった。
余りの衝撃に脳みそをすっかり忘れそうになった直輝と千里だったが、直ぐにこれからのことを考え始めた。
「9月、、
あと3ヶ月あるね、、
帆乃、大丈夫よ!
私たちも付いてるから、あなたは三つ子を無事に産むことだけ考えてなさい!
あとのことは、皆んなに任せたらいいからね。
あら、どこで産むんかしら?
地元?こっち?」
直輝もブツブツ話し始める。
「、、三つ子、、、
いきなり3人の孫、、、
俺はじいじになるんか!?
イヤ、俺の孫じゃないんだが、、
あ、3人だから何もかも3倍、、
オシメもベッドもミルクも、、
どうすりゃいいんだ?
ああ、俺と千里と冬でひとりづつだな。
、、何とかなるな」
帆乃と母は、このふたりに任せたら絶対大丈夫だと思い、三つ子の妊娠を聞いた時から抱えていた心配と不安がやっと降ろせて、ヤレヤレと安心したのだった。