誰かの願いが届くとき 21 根拠のない自信
夜10時を過ぎ、シンと静まりかえった病院の待合室に直輝は頭を抱えて座っていた。
そこに、妻の千里が勢いよく入って来る。
「直輝!!
あんたが付いてて、何やってんの!」
涙ながらに千里が叫んだ。
「冬は?!どうなのよ?」
直輝は顔を上げて千里を見ると、張り詰めたものが落ち、やっと涙を流す事が出来た。
側で松田と控えていたバッシーが、千里にわかっている今の状況を説明する。
「冬は肋骨が折れて、それが右肺を傷つけ呼吸困難になり、ショック状態で心臓も止まりかけて、、今、蘇生処置をしています。
ここに連れてくるのが遅れたので、、
後、右脚も骨折、内臓も損傷してる可能性があり、、
予断を許さない状況です、、」
「直輝のバカ!!
全部あんたのせいだからね!」
千里の罵声は、身内以外の誰も言えない事を言って、直輝の気力を復活させるためでもあった。
「、、、わかってる。
全部俺のせいだ。
償いようもない、、」
救急車へと運ばれて行く冬の顔は真っ白で、身体はピクリとも動いていなかった。
冬を目覚めさせる為に、美しい身体に電気ショックを与え、管を差し、あらゆる処置が取られるのを見るのは、大切に守ってきた自分にとって、何よりも辛くショックも大きい。
「諦めたんじゃないでしょうね?!
悪いこと考えるんじゃ無いよ!
許さんから!
私達が信じないでどうすんの!!
子供を2回も失うなんて、冗談じゃない!」
妊娠しにくい千里は、昔たった一度だけ授かった子供を流産していた。
その子のことを今でも大切に覚えていて、大人になってからやって来た冬は、まるであの時の子が成長して戻って来たように思っていた。
それだけに、好きなだけ甘やかし、世話を焼いて、千里なりの愛を注いだ。
直輝もそうだった。
「今度は絶対行かせんから!
何がなんでも戻って来させるよ!
いいね!しっかりしな!直輝!!」
千里の言葉が、直輝の胸に火を灯した。
二人とも共に泣きながら、戻ってこい、戻ってこい、今度こそ、どんなに心配でも絶対に甘やかせないからな、と祈り続ける。
それを、バッシーと松田は離れた所から黙って見ていた。
「沙織ちゃん、ワシがおるから帰って休まんか?
今日も朝から休んどらんし、食事もしとらんじゃろ」
従兄の優しい言葉に、バッシーこと大林沙織は
「大丈夫。
直輝さんはこんなだし、私が今は張っていないと」
「、、、そげなか、、
沙織ちゃんもショックじゃろに」
気持ちが緩んだバッシーは、従兄妹同士の砕けた話し方になる。
「、、、駿、このことで、これからどうなると思う?」
「う~~む、明らかに冬のミスなんじゃが、後の責任はナオキマンじゃからの。
冬がもしこのままって事になりゃ、状況は最悪。
見とったワシらも同罪」
それを聞いた沙織は、顔を強張らせる。
「でも大丈夫じゃけ!
あの冬じゃぞ!
なんでもシレッとやってのける冬じゃ。
これも、次のステップの前段階、余興じゃ!
一年後には笑い話になっとるわ!」
従兄の根拠がありそうで無さそうな自信たっぷりの言い方は、その時の沙織にとってまるで未来からのエールに思えた。
「、、、そうよね。
それにしても、冬がこんなバカな子だとは思わなかったわ、、
直輝さんも、、
私だって、、ずっと側で見ていたのに」
沙織は切迫詰まったあの状況で、何故自分は止めなかったのだろう?と繰り返し思っていた。
「沙織ちゃん、1ミリも自分を責めたらおえんぞ!
あれで冬は目が覚めたんよ。
自分が本当に向き合うべきもんに、、
ホントにアホな悪い子じゃ、、
ワシの沙織ちゃんに、こがな心配かけやがっての!」
沙織は一瞬、松田の言葉に絆されそうになったが、最後の言葉にあざとさを感じ、松田をジロッと睨みつけた。
でも直ぐに心の中で祈る。
冬、何処を迷子になってるの?!
早く帰って来なさい!!
皆んなあなたを待ってるの!
沙織が強く念じているのを眺めながら、相変わらず自分好みの美人だなと、松田は思った。
この二人は、血縁のない従兄妹だった。
どうしたらワシと早く結婚してくれるんかボンヤリ考えていると、担当医が現れ、直輝と千里、沙織が説明を受けるため個室に入っていく。
その時、ああ、冬はなんとかなったなと、松田は思った。
そして、自分も生かされてるうちに、早く沙織となんとかならなくては、と決心するのだった。