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誰かの願いが届くとき 10 who you


中学2年の春、父親がアメリカのシリコンバレーへ移住することに決めた。

子供時代を穏やかに過ごした、帆乃といた、鳥取ののんびりとした町を後にする。

両親は新しい生活への期待にワクワクしていたが、冬は日本を離れるのが不安で仕方なかった。

英語がほとんど話せない冬は、慣れない海外の生活にドン底を味わう。

誰も自分の事を知らない。

こちらから動かなければ、誰も気にしてくれない。

チヤホヤされて、何故か周りがあれこれ世話をしてくれて、のほほんと育ってきた冬は、この環境に慣れるため、無我夢中だった。

この頃になると、いきなり身長が伸び始め、声も変化して、自分の外側と内側の変化に戸惑う。

冬は、不安定な心を静めるために、より集中してピアノや他の楽器にのめり込んで行った。

引きこもって鬱っぽくなった冬を心配した父親は、盲導犬のパピーウォーカーとして仔犬を預かり、冬に世話をさせてみたり、演劇クラブのワークショップに連れて行って息子の気持ちを外に向けようとした。

仔犬のハービーは、思ってた以上にヤンチャで常に遊んで構って欲しい怪獣だった。

生き物の持つエネルギーと破壊力と自由奔放さに、冬は呆気に取られた。

でも、物を言わぬ生き物の、その存在感だけで寄り添う癒しのパワーは強力で、しばらくの間、冬はハービーに遠慮なく救ってもらった。

少し元気をもらった冬は、勇気を出して演技を学び始めて、自分の内側にある思いもよらない感情や、全く別の人格になりきり、表現して開放する面白さを知っていく。

演劇クラブには、ボイストレーニングやダンスレッスンもあり、意外にも、自分は歌えて、踊ることも楽しいと気がついた。

そうするうちに自然と言葉も分かるようになって、気の合う友達もできて、学校生活は日に日に楽しくなっていった。

17歳の頃には、背も一段と高くなり、オリエンタルでくっきりとした上品な顔付き、ピアノとバイオリンとギターが上手く、何でも直ぐにアレンジして弾けるということで、バンドメンバーによく誘われた。

その頃には女の子からデートの誘いを度々受けるようなる。

冬の外見や行動範囲は変わっても、内面は今だに、13歳の頃の、帆乃に声もかけられなかった、シャイな男の子のままだった。

いなくなった帆乃のことが忘れられず、ふとした時に、今、どこで何をしているのかと考える。

初めて好きになった純粋な感情は、時を経て、ますます美化されるように、鮮明なトキメキで輝き続けていた。

その思いと経験が冬の心の中で、音楽、曲として溢れ出し、次第に作品として形になり始める。

あそび感覚でいつしか、作詞作曲、編曲、演奏、歌、ダンス、演技、映像、全てをこなして、オリジナルビデオを作り始めた。

この世界のどこかに、必ずいると信じている帆乃を思って、、

とても楽しくて幸せで自由を感じ、時を忘れて熱中していった。

それを見ていた両親が気軽に、YouTubeに投稿して記録で残しておけばと言ったので、深い意味もなく、who youというチャンネルで投稿するようになると、次第に観てくれる人が増えていった。

幼少期から影響を受け、弛まず培われ、慣れ親しんだ、多彩なジャンルのエッセンスとテイストをオモチャ箱から出すように自在に組み合わす。

進学した大学の音楽専攻で1年経った頃、日本語の歌詞で歌った曲がバズり、音楽プロダクションからどんどん連絡が入るようになった。

その中には、大して関心もないのに、よくある定型文で、who youを確保したくて好条件を提示しただけのや、who youをよく聞いた上で、オファーしてくるものと、色々あった。

よく知らない世界なので無視していたが、その中の宮沢直輝という男性は諦めずに、何度となくDMを送ってきた。

メールには、自分を良く知ってもらおうと、熱烈なポエム風の口説き文句に、今までの経歴、事務所の財務と収支決算報告書、個人情報満載の履歴書、趣味特技の披露、愛猫の可愛さをアザとく利用した動画、、

それを見た両親は、ここまでやるのかと感心して大爆笑していた。

遂にはロスまで休暇を取って来たというので、面白がる両親の勧めもあり自宅に招待した。

はるばるやって来た宮沢直輝は、小柄でいかにも人好きのする、熱血で温かい人柄だった。

熱心に音楽をするように誘う、宮沢の話を聞いていたが、彼が言うように自分が世間に受け入れられるのかが、よくわからなかった。

それに自分の為に、こんなに熱心に心を開いて誘ってくる宮沢に対して、何でこの人はこんなに自分に入れ込んでいるのか、さっぱり分からなかった。

冬が黙っていると

「冬くんは、5年後、いや、3年後、どうなっていたい?」

冬が、答えずにいると、

「私は、冬くんの才能に惚れた。

君のユニークな唯一無二の才能を、もっと沢山の人に見て、聞いて、感じてもらって、共振して分かち合いたい。

実際に会ってみて、君には、人を虜にして心のフェーズを上げる力があると実感した。

私は、君を見つけて、これでもか!と言うくらいにトキめいた。

君の創り出す世界が、私にはハッキリと見える。

輝きと愛と優しさを自在に操る君の世界で、世界中の多くの人に楽しんで喜んでもらいたい。

もっと未来を信じて、自信を持って、もっと世界を広げて開花していって欲しい。

それを支えて手助けするのが、私の使命、いや、喜びになる。

君の為に出来ることなら、何でもする。

冬くんと一緒に、一歩づつ着実に楽しんで歩いて行きたい!」


話していくうちに、宮沢の言葉は、夢に浮かされるかの如く熱を帯びていった。


ベタ褒めされて冬は正直、恥ずかしいのと、なんで帆乃じゃなくて、このオジサンが出て来た?と思ったが、宮沢の真剣な言葉と、海のものとも山のものともわからない自分の為に、日本からわざわざ来てくれたことは、素直に嬉しかった。

帆乃を見つけたい、会いたいという思いが未だに冬を捉えて、心の中に大きく居座っている。

話を聞くうちに、表舞台を歩むことが彼女に近づける何かになるのかもしれないという考えが、根拠もなく湧いて来た。

両親と同じ年代、小柄で丸メガネを掛け、至って真面目に両親に向かい、自分の命をかけて息子さんを絶対に傷付けませんと言い切り、念書まで書いて母親を笑わせる。

冬は宮沢を真っ直ぐ見つめて言った。

「僕は、自分の心に背くことはしません。

それと、大切な目的がありますが、今は言えません。

その目的の為に、活動することを許してくれますか?

何でも僕の望むようにさせてくれますか?」

真剣に訴える冬を見て、宮沢は、一瞬、冬の心の奥を覗いた気がした。

冬のピュアな目力にやられながらも、負けずに見返して力強く言った。

「もちろん!

嫌なことは絶対にさせない。

何事にも冬くんの希望を一番に尊重する。

これからじっくりと、どうすれば一番ベストな形でデビューするかを、チームを組んでやる。

冬くんの目的が何にしろ、果たしてもらって全く構わない」

これほどまでに言葉を尽くす宮沢に、冬は覚悟を決めた。

「、、わかりました。

よろしくお願いします」

どうなるのか全く想像もつかないまま、冬はこうして、帆乃を見つけ、帆乃に見つけてもらうために、who youとして表舞台に立つことに決めた。


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