誰かの願いが届くとき 70 天使のワガママ
コンサートが終演したあと、冬は直輝に送られて夜遅くに自宅に帰ったが、帆乃はまだ家に帰っていなかった。
家族達は皆、都心のホテルに宿泊していて、帆乃にはタクシーで帰るように手配していたはずなのに。
あの大勢の人の波の中、帆乃は人の流れが落ち着くまで、近くのビルに入っているカフェで、ノンビリひと休みして、その後、ゆっくりと電車を乗り継いで帰宅していた。
それを知らない冬は、何故、帆乃と一緒にいなかったのかと不安になり、疲れも忘れて一目散に探しに駆け出した。
スマホにかけても、帆乃はマナーモードのままなのか、全く気がついてくれない。
都内の電車の乗り継ぎで、迷子になってるのではないかと思い、駅に向かって走った。
すると、遠くに公園沿いの道をボンヤリ上を向いて、フラフラ歩いている帆乃がいた。
夜遅くに何でこんな無防備に一人歩いているのか心配で心配で、冬は怒りが湧きそうになる。
そんな冬に気がつかない帆乃は、夜空に月や星やUFOがどこかに見えないかと探している。
それを見ると冬の心配は吹き飛んだが、ホッとした反動で、またモヤモヤがぶり返した。
冬に気がついた帆乃は、嬉しそうに駆け寄って来た。
「冬、おかえり!
約束通り、皆んなを天国に連れて行ったね。
私にはちゃんと見えたよ!
帆乃の世界の可愛い生き物たちが、皆んな喜んで幸せいっぱいに駆け上がって、天国に羽ばたいて行ったよ。
ありがとう、冬。
とっても素敵でカッコよかった。
、、どうしたの?」
はしゃいで子供みたいに目を輝かせて話す帆乃を、冬は思わず力いっぱいに抱きしめた。
帆乃はじっとしていたが、冬の様子がおかしいのに気づいた。
「どうしたの? 冬?
今日はとても疲れたんでしょ?
もう、痛いから離して、、」
少し力を抜いて、冬はワガママを言った。
「嫌だ、、
帆乃は目を離すと直ぐに何処かに行ってしまうから、離したくない、、」
それを聞いて困った帆乃は、冬をなだめた。
「今は一緒にいるでしょう?
何か問題ある?
ここ、外だよ。
早く家に帰ろう、、ね?」
そう言われても、冬は帆乃を離すつもりは無く
「この先も、ずっと一緒にいると約束してくれたら、離してもいい、、」
そう言って帆乃に答えを迫った。
何と答えれば冬が納得するのかわからない帆乃は、仕方なく適当に言う。
「ずっとって、いつまでなのかわからない。
ずっとって、曖昧な言葉なんだよ。
それに本当の約束は、自分とするもんでしょ?
ホラ、こんな訳の分からないこと言う帆乃なんて、メチャクチャ面倒くさいでしょ。
冬はいつか、そんな約束しなければ良かったって、後悔するよ、、
帆乃の嫌がることはしないんだよね?
帆乃は約束守らない冬は嫌い」
なんでこんな約束したのかという思いと、帆乃に少しでも嫌われたくない冬だった。
仕方なく帆乃を離したが、その代わり手はしっかりと繋ぎ、家へと帰って行く。
冬は帆乃を心配して聞いた。
「なんでこんなに遅くなったの?
電車に乗らないでタクシーで帰れば良かったのに、、
帆乃はひとりで東京歩くの慣れてないのに、オレは心配するよ」
「だって、タクシー、ひとりで乗るの怖いよ。
大荷物も無いのに、、
それに、コンサート帰りの人たち見ながら、カフェでゆっくりお茶するの楽しかった。
チョコのケーキも美味しかったし」
冬はそれを聞いて、残念そうに甘えて言う。
「オレも帆乃と一緒にそこに居たかった。
帆乃と一緒にケーキ食べたかった。
最近、ちっとも帆乃とゆっくり出来なかったから」
冬は、罰当たりだと思いながらも、早く何もかも終わらせて、帆乃とふたり、好きなだけのんびりして暮らしたいと心から願っていた。
一方で帆乃は、冬がカフェなんかで自分と一緒にいるのを誰かに見られたら、どんな事になるのかと想像するだけでゾッとした。
家へ着くと、今日の活躍で冬の体を心配した帆乃は、早く休むように言う。
「帆乃の心配しなくていいから、冬は早く休んでね。
本当に今日のコンサート、凄く素敵だった。
私、一生忘れない。
ありがとう。
こんなに冬が凄いって改めて感じたよ」
褒められて嬉しいはずなのに、冬は安心して疲れが一気に出たのか、電池が切れかけたみたいに頭は回らず、支離滅裂になっていた。
「うん、じゃあ一緒にお風呂入って寝よ、、
お風呂、、
あ、シャワーは浴びて来たんだ、、
じゃあ一緒に寝よう、、
一緒に寝て、、
帆乃がいないとイヤなんだ、、
帆乃じゃなきゃダメなんだ、、」
酔っ払いみたいにブツブツ呟き、大きな駄々っ子になった冬の上着を脱がせ、帆乃はベッドに引っ張って行き、ヨイショと押し倒して何とか布団を掛けた。
「ハイ、いい子、いい子。
全く、世話の焼ける冬だこと。
ステージの人と同じと思えないよ」
そのまま大人しく眠った冬を見ながら、今日のコンサートのことを帆乃は思い返していた。
冬はアーティストとして活動を続け、大切に見守られながら、このまま華やかな道を行くのだろう。
それだけの天賦の才能を、帆乃は今夜、嫌と言うほど見せつけられた。
帆乃は目立ちたく無いし、静かで落ち着いた自然な場所で、やりたい事をしたいだけだった。
映画が終われば、ふたりを繋ぐものは無くなり、それぞれお互いの道を進んでいく。
冬がいなくなったら、帆乃はどんな道を行くのだろうかとボンヤリ考えた。