誰かの願いが届くとき 84 不安と不思議
帆乃は自分のお腹に手を置いて、宿ったミニトマト3個分の存在を思い、味わってみる。
理性と思考を飛び超えて、ただ本能のまま感覚に身を任せる行為で、本当に妊娠して人の肉体が出来上がっていく神秘と不思議。
遠い何処からか繋がってやって来た、あやふやだけど、確かな命の存在感。
自分の身体はとても3人の赤ちゃんなんて産めるとも、育てられるとも想像しなかった。
思いもよらない展開に、待ったなしの状況を作り出した冬を、何故か恨めしく思う。
もちろん、冬だけのせいではないけれど、、
自分の体はどうなるの?
赤ちゃんたちは皆んな、お腹の中で無事に育つの?
ちゃんと赤ちゃんたちを産んであげれるの?
産まれた後は3人も、いったいどうやってお世話するの?
ひとりきりで考える帆乃に、襲いかかる心配はキリが無く、怖くなってウサギのぬいぐるみを抱きしめ泣きだしてしまう。
とっても怖くて無理、、
こんなんで、母親になるなんて全く考えられない、、
見えない不安に怯えきって一頻り泣いた後、いつまでもこんな気持ちでいても仕方ないと気づく。
帆乃は藁にもすがる思いで、心の中の冬にしがみついた。
今、冬にこの事を連絡したら、きっと帆乃以上に心配して、何かあったら大変だと大騒ぎして、帆乃と赤ちゃんたちの周りをウロウロするような気がする。
ついでに、千里と直輝も心配し、アレコレ考えて一生懸命に世話を焼いてくれる姿も。
この3人は帆乃の心の中で、もう家族と同じだった。
それを思うと、何だか肩の荷が降りたように感じて、少し楽な気持ちになれた。
そして覚悟を決めて、赤ちゃんたちと自分に優しく言い聞かせるように話しかける。
「パパが、ぜーーったいに守ってくれるから大丈夫だよ。
パパが帰って来るまで、皆んな、いい子で仲良く待っていようね」
強力なおまじないのように、帆乃は無心になって唱え続けた。
おばあちゃんは帆乃の妊娠を知ると、早速、お赤飯を炊いて祝った。
「帆乃ちゃん、良かったね!
このご時世に、3人も赤ちゃん産むなんて、凄いことなんよ。
身体、大事にせんとね。
ツワリはまだないんか?」
おばあちゃんの作るお赤飯は小豆が沢山入っていて、孫とひ孫の幸せを願う、優しい思いも込めらめて、いつもより一段と美味しい気がする。
「おばあちゃん、ありがとう。
とっても美味しいね、このお赤飯。
帆乃と赤ちゃんたちに、また作ってくれる?」
おばあちゃんは嬉しそうに、お祝いのたびに何度でも作ると約束してくれた。
おじいちゃんは早速、ひ孫たちのお正月飾りと、お雛様と、兜と鯉のぼりをネットでチェックし始めた。
「3人じゃあからな。
頑張らんとな!
男の子か女の子か、どっちかな?
楽しみが出来たぞ!
今時じゃから、大きくないのがええんよなぁ。
ところで冬くんは何と言うとるんか?
帆乃ちゃん」
おばあちゃんとおじいちゃんの無邪気に喜ぶ姿を見て、帆乃は素直に良かったと思った。
でも、帆乃は冬の言葉を伝えられなかった。
「ごめんね、おじいちゃん、おばあちゃん、、
冬には知らせないの。
コンサートが終わって帰って来るまで。
今、教えたら、冬は気が変になってコンサートどころじゃなくなるから。
分かってくれるよね?
帆乃のこと、許してくれるよね?」
悲しそうな孫を見て、おじいちゃんは優しく言った。
「帆乃ちゃん、何も心配せんでええぞ。
冬くんは、帆乃ちゃんのためなら全て差し出す言うとったが。
そりゃ、今言うたらいかんの。
仕事ほっぽり出して来られたら、皆んなに申し訳ないが。
大丈夫じゃ、ワシらが皆んなおるからな。
帆乃ちゃん」
おじいちゃんの孫を思う言葉に、帆乃の抱えていた罪悪感は綺麗に消えた。
「、、ありがとう、おじいちゃん。
冬、三つ子って知ったら、びっくりし過ぎてひっくり返るかも、、」
おじいちゃんは笑って言った。
「ワシは、冬くんに三つ子のこと言いとうて辛抱するんにひっくり返りそうじゃ。
あのハンサムがどんな顔するんか、この目で見てみたいが」
帆乃も笑って、冬がびっくりして驚く姿を楽しく想像した。