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誰かの願いが届くとき 9 本心からの望み



中学1年の冬休み前に、帆乃が突然いなくなった。


冬は、帆乃の身に起こった事を知る。


クラスメイト達は、幾らかショックを受けていたが、多分、一番衝撃を受けたのは冬だった。


気がつけば、いつも目で追っていた、どこか浮世離れした女の子。

キラキラした瞳で、現実と夢が入り混じった世界に何か特別なものを、夢みるように漂って見つめていた。

その世界を覗いてみたかった。

自分も側にいて、一緒にその世界を感じてみたかった。


冬は、帆乃がいなくなって初めて、自分は恋をしていたことに気がついた。


胸に刻まれた記憶以外は、なにも残らなかった。


ひどく悲しんでいるだろう帆乃に、自分がしてあげれることは何ひとつとしてない。

自分が余りにもちっぽけで無力だと言うことが、嫌になる程突き刺さる。

落ち込み過ぎて、大好きな音の世界さえ、冬を慰めることは出来ないように思えた。

物心つかない幼い頃から、当たり前のように毎日弾き続けたピアノにも集中できなくなり、母親に心配された。

帆乃がいた時に見えていた、煌めく世界は何処に行ったのか。

彼女と共に、遠く知らないどこかに行ってしまった。

一向に晴れない気持ちのまま、冬は雪の降りそうな曇った寒々しい空を見上げる。

どんよりとした重苦しい灰色で、陽の光は遥か遠く、骨身に芯まで染みこむ冷たさは、全ての生物の忍耐力を試しているようだ。

帆乃はこの世界を見て、何を思うだろう、、

こんな冷たい、厳しい世界で、じっと身を潜めどこかで泣きながら耐えているのだろうか、、

冬は猛烈に、そんなのは嫌だと感じた。

大好きな帆乃を、そんな冷たく凍りついた世界に閉じ込めたくない、絶対に。

冬は祈った。

帆乃がいつでも、何処にいても、幸せで、ぬくぬくして、キラキラした光の世界で笑っていられるように。

そんな世界を創って、帆乃を永久に何も邪魔されずに、置いておきたい。


冬の両親は、冬が幼い頃から、自分自身に素直でいられるように導いてくれた。

何かを強制することも無く、好きなことを好きなだけ自由に出来るような環境を作って、冬のことを大切に見守り育てた。

よく2人は、どんな世界で生きたいかと楽しく話をして、それぞれの夢をアレコレ言い合って仲良くしている。

そんな両親を見て育った冬は、自分も帆乃と一緒にいる世界を創ろうと思った。

そこでは、帆乃はいつも楽しそうにして世界を神のように見つめている。

自分は何をしたいか?

帆乃が好きなショパンを弾いて、他にも、自分の好きな曲や歌を披露して、一緒に楽しみたい。

そして、もう絶対何処にもやらない、誰にも渡さない、決して離さない、、

自分だけ、独り占めにしたい、、

いきなり邪な考えが飛び出して、冬は驚いたが、取り敢えず放っておいた。

自分で望む世界を創れるなら、自分の音を聞いて、少しでも帆乃が幸せを、心地よい世界を感じたらいい、その世界を美しく、優しく、楽しいものにしたい、、

例え今はそばにいられなくても、自分の精一杯の思いを詰め込んだ音が、この先、いつか、どこかで、帆乃に届いて繋いでくれるように、、

その時、帆乃はどんな顔をしているだろう?

冬の大好きな可愛い小さな太陽、たんぽぽみたいな笑顔が、自分に向けられていたら、どんなに幸せだろう、、


その望みが冬の励みになった。

小さな恋の始まりは、世界を大きく創り変えて行き、思いもよらないパラレルへと境界線を超え始めた。

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