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誰かの願いが届くとき 79 天敵


直輝は沙織の側に行こうとする松田をしっかりと捕まえるのに忙しく、対談内容が全く頭に入らない始末だった。

対談は始終、熊飼教授のペースで進められ、主に自分の過去の恋愛やこれまでの栄光にさりげなくすり替えて自慢話にした。

冬の初恋の話題をイジり倒して、散々弄び、絶望の淵に追いやって面白がっていたが、例の捏造報道の誤りは、きっちりと対応してくれて、教授は何だかんだ最高の仕事師だと証明してみせた。

対談も終わり、教授のお誘いを断るわけにもいかず、雅に配置された日本庭園を鑑賞出来る、モダンなダイニングへと皆は案内された。

「沙織ちゃん、どうかな?

この庭はね、海外の客人にとてもウケるんだよ。

もちろん、僕が愛しんで大切に見守っているからね。

でも、僕ひとりでホストするのに飽きてきたところなんだよ。

沙織ちゃんのような聡明で美しい女性と僕となら、さぞ絵になって喜んでもらえると思うんだ。

僕は本気でスカウトしてるんだよ、沙織ちゃん、、」


直輝の前で、堂々と沙織を引き抜こうとする教授だった。

食事の大半は終了した頃、辛抱が性に合わない松田の堪忍袋の尾がとうとうブチ切れた。


「オイ、、

ええ加減にせんか、、

ワシの沙織ちゃんに腐った色目使いおって。

ネバネバ話かけんでくれんかの、、

メシも終わったことじゃし、さっさと往ぬるぞ、、ナオキマン」


せっかくの良い気分に水を差された教授は、ザクリと尖った視線を松田に刺し、狙いを定めて猛攻撃を開始した。


「おや、、

何処かで遠吠えがするね。

沙織ちゃん、もしかしてアレが君の?

ああ、一体何があったの、、

なんて可哀想に、、

大丈夫だよ。

人はいつでもやり直せるからね。

それにしても稀に見る、小汚い薄汚れた駄犬だ。

知性と品性は、アレに全く宿らなかったとしか思えない。

酷いものだ、、

何故未だに汚水臭いドブネズミを飼っているの?

君に弱みなどないだろうに。

ああ、そうだった。

君には可愛い双子がいたね。

小賢しいハイエナが上手く君に取り入って、図々しくいつまでも居座っているんだね、、

よろしい!!

僕がこの権力と地位と名声の全てで君を守ろう。

約束するよ!」


次の展開が手に取るように想像出来た直輝と冬と村雨くんはサッと立ち上がり、松田の元に行こうとした。

しかし松田は先手を打って教授の元に飛んで行き、テーブルと椅子をしっかりと握って引き剥がされないようにした。


「ワシに向こうて、ようもようも言うてくれおったの!

口から生まれたゲスの喋りめが!!

ワシの沙織ちゃんとワシの可愛い子らの話をするでな!!

穢れるワイ!!!

ワシは子供ん時、イヤ、産まれたての赤ん坊の頃から沙織ちゃんを見てきとんじゃ!

こがなポッと出のヌメヌメナメクジお化けに絡ませる訳にゃいかんのよ!

ようもようも、このワシの深海よりも深い愛に対抗出来ると思えるんか!

ちゃんちゃら可笑しゅうてあくびが出るで!

おとなしゅう引っ込んで、ナメクジ世界で懸命に糸引きながら、そこで一生威張り散らしとけ!!


わかったかあ!!

オルアァァ!」


直輝は絶望しながら必死で松田の口を塞ごうとすると、思い切り松田に足を踏まれた。


思わぬ切り返しを受けた教授は、ここで引いては己の沽券に関わると、体中の負けず嫌いが疼きに疼いたが、寒気がするほど恐ろしく冷静に返す。


「なんとまぁ、、

ここに冬よりも、もっと気持ちの悪いゴキブリがいたとは、、

ストーカーどころの話じゃないね。

なんて気の毒な沙織ちゃん、、


殺しても殺しても湧いてくるゴキブリが相手では、なす術もないだろう、、

それとも、コレはコバンザメか!?

君にピッタリとくっ付いて決して離れようとしないなんて、、

よろしい。

僕の全てでこの醜悪なしつこいコバンザメを引き剥がして、遠くに放り捨てるからね。

いや、干物にして猫のエサにでもするかな、、

食べられればいいんだがお腹を壊しそうだ、、」


すっかり目が据わっている松田に向かい、直輝は頼み込んだ。


「松田、、

お願いだからそれ以上はやめろ、、

約束しただろう?

取り返しのつかないことになるぞ、、」


憤慨やる方なしの松田は、直輝の静止も振り切り、教授に捨て台詞を吐いた。


「まぁ、ワシの宇宙よりも広大過ぎる心で許してやるけ、、

こげな茶番、トットと終わらせて早よ家に帰るけの。

ワシ!!と沙織ちゃんの可愛い双子天使と、仲良うご飯食べての、お風呂入っての、一緒に寝るんじゃ!!

こんセクハラパワハラスケベジジイが!!!

ふぅ、、

よう聞こえたかの?」


ドヤ顔で言い放った松田に、チクリとした痛みを覚えた教授は、すかさず言い返す。


「沙織ちゃん、、

こんな侮辱罪の犯罪者紛いの下等生物と暮らしてるなんて、君の子供たちにとってプラスになると到底思えないよ、、

環境と愛情ほど、子供にとって人生を左右されるものはないからね。

長年の情はあるとしても、これから先のことを考えないと。

僕の所に来なさい!

家は広いし、環境も設備も費用も申し分なく差し出すよ。

それに僕の広報を手伝ってくれたら、毎日どんなに楽しくて素敵だろうか、、

何もしなくても勿論構わないよ。

見てるだけで値千金の人だからね。

ああ、そちらの自称父親?に、たまにシッターさせれば、子供たちも悲しくなかろう。

何、子供なんて少しくらい経験を積ませた方が良い人生の勉強になるもんだよ。

もちろん、僕の有り余る愛を注ぐがね!」


ふふんと、眉毛を吊り上げ教授は下卑ずんで松田を見た。


火に油を注がれた松田は発狂して叫ぶ。


「何じゃとおぉぉぉ!!!

こがなええ歳したえげつない妖怪に、誰が可愛いワシの子らを差し出すかい!

冗談もええ加減にせえや!

気色の悪りぃハゲタカに、ワシの大事な大事な油揚げ取られてたまるかい!

ナオキマン!

こげな地獄の悪魔、相手にせんでもワシらは行ける!

さっさと往ぬるぞ!」


直輝はアワアワして教授に頭を下げ、沙織は松田を部屋の外に引っ張って行った。



帰り道、皆で乗り合わせた車中の雰囲気は、車体ごと重く沈み込んだみたいに悪かった。

直輝がお手上げ状態で、松田に呟く。


「コバンザメ、、

いやマッサン、、

お前、他人のこと笑い物にする割に、自分が墓穴掘ってるのに気がつかなかったのか?

熊飼教授はああやって人の事、見定めるんだぞ、、多分、、

それを真正面から挑むなんて、お前が荒れれば荒れるほど足元掬われて醜態さらしてたぞ、、」


先ほどのの元気は跡形もなく、松田はショボンとして力がなかった。


「沙織ちゃん、頼むけん口を聞いてください、、

もう2度と我を忘れません、、

ワシの沙織ちゃんへの深い愛がそうさせてしもたのよ、、

あがな化けモンにワシも引くわけいかんがの?

あの承認欲求の怪物だけはいかんのよ、、

それは分かってくれるの?」


沙織は重い口を開いた。


「何故あなたと結婚したのか思い出せないんですが、、

私が間違っていたんです。

最初から松田さんを仕方なく選ぶんじゃなかったんです。

こんなことになって、本当に直輝さん、冬、申し訳ありませんでした。

熊飼教授が動画の配信を止めなければいいんですが、、」


しおらしく謝る沙織に、松田は泣きながら謝る。


「そげな悲しいこと言わんで、、

、、冬よ、、何とかならんかの?

シクシク、、、」


先程の荒れ狂っていた教授と松田を見ていて、冬は思った。


「、、ふたりとも、もの凄く負けず嫌いで、バッシーのこと好きなんだってわかったけど。

見苦しくてがめついヘドロのような自己主張したところで、ただの裸の王様にしか見えないんだ、、


オレには何か言う資格なんて全く無い。

ただ、相手の幸せを願って、心静かにするだけだよ、、」


冬の悟ったような言葉を聞いた松田は


「お前、、情け容赦のない、、

ワシも、沙織ちゃんと子供たちと、世界の平和と幸せをいつも願っとるんよ。

うううっ、、

ワシ、あの教授に謝ってもええよ、、

ほんに、生意気言うて悪かったと。

沙織ちゃんが素敵過ぎるのが原因なんを、ワシは怒る権利なぞ無かったんよ。

沙織ちゃん、すまんかったの、、」


松田は心からそう思って、自分のした事を省みたようだった。

それを聞いた沙織の心は少し軽くなった。

でも、なぜ人は、他人のことは良く分かるのに、自分のこととなると、今までの思い込みと概念が邪魔をして訳がわからなくなるのかと、不思議で仕方なかった。

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