誰かの願いが届くとき 13 新たな世界
カリフォルニアに宮沢直輝が来て3ヶ月後、冬は7年ぶりに日本で暮らすことになった。
デビューして、ある程度落ち着くまで、宮沢の自宅にホームステイする予定だ。
妻の千里は、夫の直輝よりも背が高く、見るからに元気な明るい人で、朗らかに冬を迎えた。
冬の写真を見た千里は、当初、ホームステイさせるのに
「こんなイケメンの若い子と同じ屋根の下で一緒に暮らすん!?
素顔にパジャマでいられんじゃん!」
と、嬉しそうにはしゃいでいたが、冬は一人で生きて行くのに多少難があると知ると、
「この私が責任持って育てる!!」
そう言って、冬の部屋、ピアノや楽器の防音室の用意を手伝ってくれた。
直輝と千里の間には、一度流産した後、子供は授からなかった。
二人は初めて子供を迎えるような親の気分を味わうことになり、どこか感無量だった。
やって来た冬は、飛び抜けて美形なことを除けば、おとなしくて、口数の少ない、礼儀正しく、ごく普通の男の子なので、千里はこんなに扱いやすい子はいないと、思いっきり世話を焼いた。
冬も当たり前のように素直に従い、ペットの猫のプリンちゃん同様に世話を焼いてもらい可愛がられた。
あまりにも良くしてくれるので、どうしたら恩返しできますか?と冬がポヤンと尋ねると、千里はリクエストした。
「冬が毎日、一曲でも私だけの為に歌ってくれたら充分!!!
それか、買い物に付いて来てよー」
と言うので、買い物を避けたい冬は、千里の為に毎日歌った。
初めは恥ずかしかったけど、千里がとても喜んでくれるので、まぁいいかとなる。
千里も、音楽のことしか頭になく、他のことに無頓着で、薄ボンヤリして抜けている冬が心配で可愛くて仕方ない。
直輝も、普段の生活では、遠慮がちで、特にこだわりもなく、与えられたものでマイペースな冬に、堪らず、何か不足はないかと心配して声をかける。
直輝は、こいつには世話好き人間の性を堪らなく刺激する、恐ろしい能力があると感じた。
結果、千里と二人で冬の世話を甲斐甲斐しく焼いて、暫くの家族のような関係を楽しむことにした。
そんな冬も、自分の音楽の事となると、熱量は半端なく、アレコレとアイデアを出してくる。
デビューまでの計画は、直輝が他のスタッフと共に綿密に練りながら1年かけて準備する事になった。
売れることを考えるのではなく、如何に冬の音に込める魂の響きと輝きを、漏らすことなく、簡潔に伝え届けられるかに焦点を当てた。
それは、送り出す側の自分達の純粋な熱量も込められている。
皆、凄く良いモノが出来る気がしてワクワクしかなかった。
冬自身はデビューに向けて、ボイストレーニングとダンスのレッスン、ボディメンテナンスを希望した。
同時に、直輝は今後を見据えて、車とバイクの免許を取らせようと思ったが、車の免許は取りたいけど、バイクは嫌だと断られてガックリする。
ミュージックビデオ作り、アルバム用の曲のレコーディング、初コンサートの段取り、プロモーションなど、最低限の人員でデビュー前に準備する事は山積みだった。
今回は、初めて冬の全貌を表に出すので、直輝の推す一流のプロの手を借りた。
より効果的に冬の美しさやしなやかさ、フレッシュ感を出すために、スタイリスト、振付師、カメラマン、映像ディレクター、曲のアレンジャーなど、チームを作り話し合う日々が続いた。
そうこうするうちに、直輝の事務所がwho youを獲得したことが水面下で広まり、業界の関心が高まる中、凄いオファーが飛び込んできた。
国内の自動車メーカーが、広告代理店を通じてフルモデルチェンジした車のCMソングを依頼して来た。
まだメジャーデビューしてないwho youの youtubeを観て、グローバルに活躍出来るフレッシュで洗練された曲に、未来への躍動感を表現出来る目新しいアーティストとして、メーカーにプレゼンすると、直ぐにオファーして欲しいとなったらしい。
顔合わせの為、スタイリストに服装とヘアを決めてもらったアイドル張りの冬を連れて、メーカーと広告代理店に引き合わせた。
その場の空気が一瞬にして変わり、相手方は目を見開いて釘付けになっていたのが自分とそっくりだったので、心底可笑しかった。
この時のイメージは、ナチュラルな爽やかさと、秘めている得体のしれなさを思わずくすぐるような、でもやり過ぎず人好きするような感じでと、訳の分からない無茶苦茶なお願いをスタイリストとメークアップアーティストにしていたが、とても良い仕事をしてくれていた。
そんな冬がダンスを踊れて、車の運転も出来ると知ると、CM出演を是非にとクライアントと広告代理店のクリエイターから懇願され、帰る時は噂を聞きつけた社員が冬を一目見ようとエントランスに集まっていた。
MVで、顔を明らかにする予定だったので、CMで先に顔面が出るのは予定外だったが、MVとCMを同時に発表する事にして、それをデビューとすることになった。
大きな仕事に直樹はプレッシャーが掛かるが、冬自身は、どこ吹く風といった具合で、特別、喜びも驚きもせずに直輝に任せていた。
帰りの車の中で、直輝の隣に座ってボーっと外を見ている冬に尋ねる。
「冬、どう思う?」
出来そうか?大丈夫か?という言葉を飲み込んだ。
「このCMって、そんなに凄いの?
普通に、気分良く車の運転したくなる曲でいいんだよね?」
首を傾げてのんびり聞き返す冬に
「いや、それ以上に、この車に乗って、この曲聞きたいって思わせるような曲を要求されてる」
冬は暫く何も言わずに、車窓の流れて行く街の風景を見つめていたが、ポツリと言った。
「とりあえず、早く、この仮装を脱ぎたい、、」
ハラハラしている直樹とは裏腹に、事の重大さを理解しているのかどうか、ボンヤリと構えている冬を見て、この子の頭はどうなっているのだろうと考えながらも、きっと良いものが出来ると、神に祈る自分がいた。