見出し画像

誰かの願いが届くとき 62 はじめてのクリスマス

12月の日々があっという間に過ぎていき、クリスマスが近づいていた。

冬は1月に発表する新曲とそのミュージックビデオ撮影の準備に忙しく、帆乃は人生最初で最後の女優業や映画撮影の前段階の準備で忙しくしていた。

主人公の真舟(ましゅう)とヒロインの杏(あん)は高校生から始まるので、2人とも仲良く学生服を着て演じることになる。

しかも冬は、バスケの上手いモテ男という役なので、その練習に加えて、馬に乗るシーンもあるので、乗馬まで習わなくてはいけなかった。

至る所にバスケットボールを持ち歩き、せっせとボール捌きを練習する冬を見ていると、帆乃はこの設定にしてしまって何だか申し訳なくなる。

ピアノコンチェルトの練習に、曲もまだ沢山完成させなくてはいけないのに。

余りにも冬の負担が大きく思えた。

「冬、大丈夫かな、、

私もバスケの練習に付き合おうかな、、

玉拾いくらいなら出来るかも」


事務所でミーティングに参加していた松田が、ふざけたことを言い始めた。


「帆乃よ、、

これが役者というモンなんよ。

冬がバスケ下手っぴじゃってみ?

下手くそ具合が気になって気になって、映画の内容が全部飛んでいくけの。

こがぁな下手くそがどけにしたらモテるんか言うて、お客さん怒って暴れ出すけの」


それはそうかも知れないと帆乃は納得した。

冬は大してバスケの練習は苦にならなかった。

「帆乃、大丈夫だよ。

バスケの動きって、踊りと似てるとこあるから楽しいよ。

フェイント掛けたり、交わしたり、飛んだり、、

でもゴール決めるのはやっぱり難しいけど、決まると最高に嬉しい」


前向きな言葉を聞いた帆乃は、そのストイックで挑戦を恐れない精神が、今の冬を創っていると心から感心した。


今年の表立った仕事は今日で終了なので、直輝が締めの挨拶と今後のスケジュールを発表する。


「来年、再来年とwho youは大きく動くことになるからな。

この年末年始はリフレッシュして、良いエネルギーをしっかり溜めておいて欲しい。

来年は映画撮影にそれに関連したミュージックビデオ5本と先行配信、ピアノコンチェルトのコンサートが10月、映画公開が12月、同時に映画のアルバムツアーが翌年夏まで国内皮切りに国外も含めておよそ50公演、、、

今のところ、こんなところかな?」

沙織がスケジュールと照らし合わせて答える。


「そうですね。

状況によって変化しますが、予測不能で慌しくなるのは確実です。

皆さん、体調管理をしっかりとされて、無理なく最後まで楽しく乗り切れるよう、よろしくお願いします」


帆乃は緊張してきて皆んなをそっと見渡したが、周りは慣れているのかとてもリラックスしていた。


この人達は、本当に自分に自信を持っていて、やるべき事を最善にしようという意志のある集団なんだな、と思う。

こんなところに入り込んだ自分は場違いだけど、皆んな優しく帆乃を受け入れてくれる。

自分はこの人達の誠意に全力で返さないといけない、、


そんなふうに、帆乃の肩に力が入っているのを気がついた冬は、こっそり聞いた。


「帆乃ちゃん、クリスマスだね。

プレゼントは何がいい?

欲しいものはある?」


モノで釣ろうとする冬のプレゼント攻撃に、いい加減甘やかされている感のある帆乃は


「いらない。

もう色々買って貰ったから、大丈夫。

それより、私、家に帰ろうかな、、

おばあちゃん、おじいちゃんに何も言わずに来たから」


それを聞いた冬はショックを受けた。


「ク、クリスマスなのに?

せっかく、ふたりで初めてのクリスマスだよ!?

一緒にのんびりとして雰囲気を楽しもうよ!

どこか出かけてもいいし。

実家に帰るのは年末からでいいんじゃない?

オレも付いていくよ。

お母さんやお爺さんお婆さんに、きちんとご挨拶しないとね!」


クリスマスという雰囲気に流されない帆乃は、冬が何で家まで付いて来ようとするのかがわかるような、わからないような気がした。


クリスマスといっても、映画のために個人でやる事は2人には山ほどあるし、実家に戻ればホッとしてテンションが落ちる気がした帆乃は


「そうだね、、

まだやらなきゃいけない事が沢山あるし、年末まではこっちに居ようかな。

冬は家に来なくていいよ。

飛行機でも、行って帰るのに1日潰れちゃうよ。

色々な練習が出来ないでしょ」


意地でも付いていくつもりの冬は、負けずに言う。


「じゃあ、クリスマスプレゼント!

欲しいものが無いなら、指輪なんてどうかな?

、、ダイアモンドとか付いてるヤツ、、


一緒に見に行かない?」


形からでも何とかしたい冬は、最後を赤くなって照れながら言う。

何も考えてない帆乃は軽くあしらった。


「私、アクセサリー苦手なの。

くれるんなら、ハンドクリームでいいよ。

冬も一緒に使えるでしょ」


バッサリと切られ気が遠くなりそうな冬だったが、念願のクリスマスは一緒にいられることで、何とか倒れずに済んだ。


それをこっそりと聞いていた松田は冬を不憫に思うフリをして、ほくそ笑みながら言った。


「帆乃よ、、

お前という子は何と欲のない、、

冬にはお金なんぞ、いくらでもあるんを知らんのか?

仕方ないの。

ここはの、ワシの天使達のためにもっと貢がせて横流しせんかい!

車でも家でも株でも現金でもええぞ!」


また夫がおかしな事を吹き込んでいると思った沙織は松田を遮った。


「帆乃さん、クリスマスイブに家の母と叔母が子供達に会いに田舎から来るんですよ。

また野菜を沢山送って来るので、良かったら千里さんとどうですか?

冬も来ていいですよ、荷物持ちに」


沙織から堂々とオマケ扱いにされた冬に、周りは笑いを誘われる。

帆乃は大喜びで行くと答え、双子達のプレゼントは何がいいかな?と楽しく思いを巡らせた。

いいなと思ったら応援しよう!