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誰かの願いが届くとき 73 哀しいプロポーズ

 帆乃は周りの雰囲気がいつもと違うのに気がつく。

 冬は何かを気にしているのか、どこか心配そうな顔で見つめてくるし、直輝は必死で取り繕ったような笑顔を見せていた。

 絶妙な違和感を不思議に思った帆乃が


「冬、どうしたの?

 何かあった?」


 そう問われても、冬はとても言えなかった。

静かに微笑んで

「ちょっとしたトラブルだから。

 大丈夫。

 1週間もすれば、元通りだから。

 帆乃は何も気にしないで、いつも通りにしてればいいんだよ」


 そう優しく言って、多くを語らない。


 全く見当もつかないでいると、帆乃の母が心配して電話をかけてきた。


 母の言葉を頼りに、嫌な予感で胸がドキドキしながら帆乃は書店に行き、週刊誌を探した。

 表紙に、who youの写真と名前が、何か悪いことをしたように目立たせて載っている。

 何も知らない人がみたら、一体どう思うのかといった見出しと記事だった。

 映画の内容まで汚そうとし、大切な人たちが酷い表現で貶められ晒されている。


 土足で人の心にズカズカと上がり込んで、否応なしに大事なものを散り散りに切り刻まれる感覚がする。

 ある事ない事が人の興味を惹くためだけに書かれた、心ない文字の塊だった。


 帆乃は自分のことよりも、あんなに皆んなで楽しく真剣に形作ってきた美しいものを、こうまでして地に落とそうとする何者かの思惑に、言いしれぬ恐怖と信じられなさを感じた。


 でも、これを引き起こした原因は、冬に対して中途半端にグラグラして来た自分のズルいワガママと甘えだと思い、罪悪感と後悔で、どう取り返せば良いのかと恐ろしくなった。


夕方過ぎに、冬は年明けから始まるコンサートツアーの準備やトレーニングを終えて帰宅した。

 お土産に、甘酸っぱい香りの真っ赤な苺を持って帆乃を探すと、帆乃はベッドで寝ているのかリビングは真っ暗だった。


「ただいま、帆乃?」


 そっと寝室に声をかけると、ノソノソとベッドで動く帆乃の気配がして側に近づく。


「眠ってたんだね。

 ご飯、直輝さんちに食べに行く?

 それとも、、」


 冬は泣いた後のある帆乃の顔を見て驚き、悪いことが起きたのを感じた。


「、、冬、、ごめんなさい、、

 全部、私のせいだよ。

 私がこんなとこに出て来たから、、

 私が冬と一緒にいたから、、

 皆んな酷いこと書かれて、傷付けた、、

 私に会わなかったら、こんな事にならなかったのに、、

 冬のお母さんや、直輝さんや、紫ちゃんと息吹くん、他の皆んなに申し訳が立たないよ。

 冬にも、、」


 震えて泣き出した帆乃を優しく抱きしめて言った。


「何言ってるの?

 皆んな誰も傷付いてなんかいないよ!

 お母さんは余裕で笑うだろうし、

 僕は熊飼教授の子供じゃないし、

 直輝さんはタヌキじゃないし、

 皆んな立派で素敵な人達だし、

 紫ちゃんと息吹くんは分かってないし、

 松田さんは少し怒ってたみたいだけど、、

 皆んな帆乃のことを一番に思ってたんだよ。

 帆乃がいたからこそ、皆んな生き生きと映画に参加できて喜んでるんだ。

 だから何も気にせずに、堂々としてればいいってね。

 オレだって、どれだけ帆乃がいて幸せなのか、わかってる?

 悪いのは全部オレだよ、帆乃。

 帆乃をこんなにも好きになって、巻き込んだんだから、、」


 それを聞いても帆乃は激しく首を振る。


「映画とwho youはどうなるの?

 皆んなwho youを守ってあんなにも大切にして来たのに。

 私がイメージをぶち壊してしまった、、

 一度ついた傷は、なかった事にはできないくらい、人の心に残るもんだよ。

 それが真実でなくても、、」


 悲しみと後悔で溢れる帆乃を、冬は必死で説得し慰めようとした。


「who youなんて、どうでもいい。

 帆乃が見つかったから、もうwho youをやらなくていい。

 オレはもう、今のが全部終わったら、who youを綺麗さっぱり辞める。

 そのあと、帆乃とずーっと一緒にいるからね。

 帆乃のしたいことは何でもするし、行きたいところは何処でも行くよ。

 もう二度と離れずに、これから楽しくふたりで笑って暮らすんだ。

 オレは死ぬほど全身全霊で帆乃を愛してる。

 他のことなんて、すべてどうでもよくなるほど、帆乃さえいればオレの世界は完璧なんだ。

 全ての力になるんだ。

 だから、、

 お願い、結婚して?

 帆乃、、」


 いきなりプロポーズまでしてしまった冬に、帆乃は泣き止んで、信じられないと言う怒った顔で言った。


「、、こんな時に何おかしなこと言ってるの?

 何でwho youを辞めるの?

 あんなに皆んなに愛されて、冬だってあんなに輝いて、皆んなを幸せに出来るのに、、

 私のためにトマトやお花植えるより、もっと自分や皆んなのためにやることあるでしょ!

 こんなに凄い才能があって、とんでもないことが出来るのに、、

 絶対、結婚なんかしないから!」


 思いっきり振られた可哀想な冬こそ、帆乃が何を言っているのか分からなかった。


「どんなに皆んなに愛されたとしても、帆乃がいないと全く意味がないよ!

 帆乃のほかに大切なものなんて何も無い!

 、、結婚がイヤならしなくていい。

 ただ、帆乃のそばにいて、一緒にこの世界を感じていたい。

 帆乃のためなら、とうもろこしだってスイカだって何だって、喜んで作ってみせる!!

 才能なんて、、

 オレがいなくても、この世には幾らだって輝いて凄い人は大勢いるよ。

 オレにとって、帆乃がそうだよ!

 昔からずっと帆乃は輝いてた。

 だからこんなに帆乃が好きでたまらない、、」


 必死な冬だったが、帆乃の頑な心には届かない。


「、、冬は理想化した自分の幻想を見てるだけなの、、

 私に執着することで、自分を縛り付けて身動き出来なくしてる、、

 もっと早くそれに気がつかなきゃいけなかったのに。

 もっと広い別の世界を見渡せば、誰もが納得するような、冬にふさわしい人がいるかも知れないでしょう?

 冬の世界にぴったりな素敵な人が、、

 帆乃は映画が終わったから、自分の世界に戻って、新しくまた始めるよ。

 冬だってそうだよ。

 冬には感謝してる。

 本当に、、

 言葉では言えないくらい、、」


 もう木っ端微塵になったメンタルの冬は、すっかり理性を失った。


「帆乃がいたから、今のオレがいるんだよ!?

 それを幻想なんかにしないで!

 執着して一体何が問題なの?

 なんでオレが帆乃の他に誰かを愛せると思うの?

 意味がさっぱりわからない!

 いつも誰かと比較して、自分を認めて分かろうとしないのは帆乃のほうだよ!

 自分が一緒にいたい人はオレが一番にわかってる。

 それが帆乃なんだ、、

 オレがそばにいても、帆乃は新しく何でもやれるでしょう?

 違う?」


 口論が苦手で、冬に丸め込まれそうな帆乃は、頭がこんがらがってめちゃくちゃな事を言い出した。


「違うよ!

 帆乃が冬に思いっきり甘えてたのは、パパの代わりだからだよ!

 帆乃だけの優しいパパが、ずっと欲しかっただけだよ!

 冬がそばにいたら、帆乃はずーっと冬のこと頼りにしきって、パパにして甘え続けるんだよ?

 もし、冬がいなくなったら、帆乃はどうやって生きていけばいいの?

 今のままで、いつまでとか、ずっととか、誰にも分からないでしょう?

 帆乃には、絶対大丈夫なんて自信ないし、冬が大切だから絶対に傷付けたくない。

 もう、とにかく、帆乃は冬から離れて自由になりたいの!!

 それが私の願いなの!」


 レッドカードを出された冬は、ショックのあまり何を言えばいいのか頭が回らなくなった。


「、、何でもいい、、

 パパでいい、、

 友達でも猫でも、、

ぬいぐるみでもいいから、、

 帆乃のそばにいて、もっと甘やかせて見守っていたい、、

 それも許してくれないの?

 帆乃がどうしても必要なんだ、、

 、、お願いだから。

 もう、どこにも行かないで、、」


 弱々しく帆乃の膝にすがる冬を見て、とうとう頭が変になったのではないかと、帆乃はとても不安で怖くなった。


「こんな冬は見たくないよ、、

 こんなにさせたのは、帆乃のせいなの?

 帆乃がいけないの?

 教えてよ、、」


 冬は自分の執着心が帆乃を追い詰めて、怯えさせていることに気がついた。


こんなはずでは無かったのに、、

 こんな気持ちでは、何も伝わるものは無いのに、、


 激しい後悔のなか、冬は昔、強烈に帆乃に惹かれた瞬間を思い出した。

 帆乃は喜びに向かって自然と手を差し伸べ、自分で幸せを満たせる子だ。

 本当の彼女は強い、とても。

 どんな時でも純粋に、自分に対して気高く、優しく、温かく、忠実で、自由であろうとする。


 帆乃に追いすがる自分よりも、ずっとずっと。


 その女の子は自分の思いだけで閉じ込めて、がんじがらめにしていい存在ではなかった。

 彼女はいつでも、光の中で風を呼び、自由の喜びを見つめて、自分を生きようとする鳥だから。


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