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誰かの願いが届くとき 56 冬のショパン

ピアノの冒頭、冬は少し身体を浮かせて全身を使いフルスロットルでピアノを叩く。

先程のリラックスとは一転し、一瞬で全ての磁場をかえて鋭く切り込んだ。

稲妻が闇を切り裂くように、凄まじい破壊力で岩を砕くように音を大きく弾け飛ばす。

あまりの落差に楽員達は凄まじい雷に打たれて、一瞬金縛りにあったように感じた。

who youは何者も一切気にせず、思いっきり激しく、滑らかに、優しく歌う。

美しい大きな手を、優雅に鍵盤の上で舞わせながらギュンギュンに勢い強く進んでいく。

灰谷は焦った。

最初は軽く流すだけだろうと高を括っていたのが、瞬きする間に全てをかなぐり捨てて、恐ろしいほどの本気を見せている。

しかし、ちょっと待て。

これ、ショパンじゃないだろう、、

幾ら何でもやり過ぎてて別物にしてるだろう、、

これで良いのか?

ショパンの曲を使った、全く違うテイストのモノでも見せられているようだ。

身体の動きや腕の振りが独特過ぎて、悪魔か野獣が乗り移って、この男を支配しているみたいだった。

誰も聞いたことのない、オリジナルを聞いているようだったが、元はしっかりと押さえていて、軸は全くブレない。

それが不快ではなく、妙に不思議な感覚で、どんどん引き込まれていく。


とんでもない魔法にかけられたようだった。


皆、訳の分からないうちに魅せられて、who youの音と、プレイスタイルから溢れる魂の波動に圧倒され、完全に支配下に置かれた。


こんなの見せられたら、言うこと聞くしかない、、

と言うか、コレを受けずに黙って引き下がるなんてビビる真似は出来ない。



規格外過ぎて、自然と笑いが込み上げるような驚きだった。


さっきまでのゾンビから、溢れるピアノ愛を持つ、超絶可愛いド変態になっている。


完璧さと引き換えに、この曲にかける鬼のような気迫と天使のような優しさが、話にならないほど強く伝わって来る。


人の内面にある果てしない宇宙の中を、ひたすら自由の空(くう)へと導いていくようなカリスマ性、、


いつまでも聴いていたい、見ていたい、このまま終わらないでと思わせるピアノだ。


灰谷のマネージャーがリハーサルの時間が押していると合図をしつこく送ってきたのがわかり、やむなくストップをかける。

この後、自分達の本番があるのをすっかり忘れてしまった。


驚きを隠しきれない灰谷は、初めて冬に出会ったかのように言った。


「、、who youさん、、了解しました。

本番前に、またお会い出来るのを楽しみにしています。

どうぞ、宜しくお願いします」


冬はホッとして笑いながら


「冬って呼んでください。

こちらこそ、忙しい中お付き合いして頂き、ありがとうございました。

本番までに、しっかり創り上げようと思います。

楽しみにしてます」


リハーサルの邪魔をしないように、3人はさっさと帰って行った。


皆、その姿を呆然と見送っていたが、who youのファンの楽員の子が、ハッとして言った。


「あーーー!

しまったああぁ!!!

サインもらうの忘れちゃったーー!!」


同じことを灰谷や他の楽員も、こっそり考えていた。



帰り道、また冬はゾンビになり車に放り込まれた。

直輝は心配しながら、先ほどの話をする。


「冬、感触はどうだった?

まあ、やれるとは思ってたけど、今回は、いや今回も心配したんだからな。

本当に、お前ってヤツはハラハラさせて、、

灰谷さん、優しい人だよな。

バッシー、どう思う?」


沙織も通常のショパンの演奏しか知らなかったので


「あの演奏、かなりアレンジされてましたが、どうなんでしょうか。

灰谷さんは了解されてましたから、問題はないと思います」


それを聞いた冬は眠そうに答えた。


「皆んなショパンのあの曲は良く知ってるでしょう?

オレが同じような演奏してもつまらないと思って。

それと帆乃の映画に使うんだから、それに合わせたいんだよね。

駄目って言わない灰谷さんは、とても良い人だよ」


どこまでも、帆乃に尽くそうとする冬だった。

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