誰かの願いが届くとき 57 ひとやすみ
冬が出かけてから少し経ったころ、帆乃はノソノソとベッドから這い出て、リビングでボンヤリとしていた。
自分でカーテンを開けて、カップにお湯を注ぎ、ソファに丸く座って、熱いお湯をふうふう冷ましながら外をボーッと眺める。
今朝は冬が用意してくれなくて残念だった。
任せっきりで、ベッタリとくっ付くのが当たり前のように感じて物足りない。
周りを見渡すと、目に映るものが馴染んで来て、この家に少しづつ愛着が湧いてくるようだった。
今日は何をして、どんな1日にしようかな。
溜まった洗濯をして、床に舞い始めた埃をちょこっと拭いて、お天気が良さそうなので、お布団と枕をお日様にあてたい。
水回りの掃除は嫌いだから、冬に頼もう、、
ここのベランダは狭くて、お布団は干せそうにないな、、と考えていると、どんなところに住みたいか想像し始めた。
山と空が沢山見えて、景色の良いところ。
広いお庭と素敵な小川があって、色んな花や野菜や果物や木の実をいっぱい植えてみたい。
陽当たりのいい、心地いいリビングで、おとなしい猫と暮らしたい。
空を眺めて、お庭やそこに来る小鳥や虫達と静かにお喋りして、眠たい猫と一緒にのーんびりゴロンとしていたい。
そこに冬はいるのかな?
帆乃と猫と一緒にずーっとゴロゴロして、あの美しい手を物ともせず、帆乃のためにセッセと土をいじって畑を起こして、家のお掃除も張り切ってする冬、、
あんまり、長くはいない気がする。
こんな事してるはずじゃなかったと、ハッと気がついて、何処かへ行ってしまいそう。
猫とウサギのぬいぐるみと帆乃とを残して、、
それがとても寂しくて悲しいと思うのは、どういうことなんだろう。
帆乃は、行ってしまった冬のことはサッサと忘れて、もっと素敵で優しいダーリンと愛し合って、猫とウサギと一緒にいつまでも、好きなことして笑って楽しく暮らすのだった
マル!と言い、立ち上がって布団のカバーを外し出した。
午後を過ぎ、茜色の夕焼けが静かに幕を閉じる頃、冬はクタクタになって帰って来た。
帆乃はリビングでひたすらパソコンと向かい合って、脚本の手直しや、オーディションに応募して来た人たちのPR動画を観ていた。
冬の相手役の女優候補が5名いる。
皆んな、それぞれの輝きと個性と自信に溢れていて、とても可愛い。
帆乃は思わず、平凡な自分と比べてしまいそうになるのを、なんとか堪えた。
そして、誰かを選ぶって難しいな、と改めて考えた。
人生は全て、何かの選択の連続だとは、本当によく言った言葉だと実感する。
今、出会って自分の周りにいる人達、皆んな、1つ何かが違うだけで丸っ切り変わっていたのかと思うと、運命ってあるような気がした。
じゃあ、帆乃と冬もずいぶん前に出会ったことで、今、ここにいるの?
そう思うと、神がかっていて、何か知らない偉大な力はやっぱりあると信じられる。
じゃあ、パパがあんな目に合って、行ってしまった事も全部必要だったの?
このために?
繰り返しても仕方のない思いに囚われそうになった時、冬にただいま、と声をかけられて驚いた。
「びっくりした!!
、、おかえり、冬。
どうしたの?大丈夫?
すごく疲れた顔してるよ」
ぐったりした冬を見て、帆乃はギョッとした。
「大丈夫、少し寝不足なだけ。
直輝さんが、今日はもう上がれって。
帆乃ちゃん、ご飯、千里さんが作ってくれるって、、
食べに行こうか」
それどころじゃないと思った帆乃は
「冬は先に少し休んだ方がいいよ!
今日ね、お布団のカバー洗って、枕だけはお日様に当てたから、良い匂いがしてとっても気持ちいいよ。
ほら、着替えてあっち行こう?」
帆乃らしい優しさが、疲れた冬に染み入るようだった。
着替えをして、冬はベッドに潜り込む前に帆乃の手を引いて、一緒にゴロゴロしようと誘った。
「、、少しでいいから、一緒にいて?」
立派な大人なのに、疲れて甘えたくなっている冬を見ると、また昔の面影の舞島くんを思い出した帆乃は
「仕方ないなぁ。
舞島くんも甘えっ子だったの?」
そう言って隣に寝転んだ帆乃を、無意識に抱きしめた冬は
「そうだったかも、、
帆乃、とってもいい匂いがする。
お日様の、、」
そう言って、安らいだ冬はコトンと眠りに落ちて行った。