誰かの願いが届くとき 54 魔王の呪い
なんとか正気を取り戻した冬は、自分を胸に抱いたまま、ぐっすり眠っている帆乃からそっと離れた。
ふらふらしながらシャワーを浴びていると、昨夜の教授の話が思い出される。
指一本で動かせる、、、
いつもいつも知らないうちに、、、
無自覚だから、、、
タチが悪い、、
魔窟に住む魔王の呪いかと思った。
自分もいつか、抜け出せない沼にハマったまま、嬉々としている執念深い妖魔にでもなるんだろうかと本気で心配した。
こんなにも余裕がなくて衝動的な、ダサくて、カッコ悪くて、どうしようもない男だと帆乃に知られ、情けなくて恥ずかしくて気が変になりそうだ。
それから冬は夜明けまで一心不乱に、ショパンのコンチェルトのピアノを弾き続けた。
朝陽もとうに昇り、帆乃が目覚めると冬はまだ隣で眠っている。
寝ぼけた頭で今朝の予定を思い出していた。
冬はまだ眠っててもいいのかな?
ぼんやり考えているとスマホの着信音と、玄関のチャイムがうるさく鳴り響いた。
冬に声をかけても、触っても、ちっとも起きない、、
仕方なくスマホに出ると直輝からだった。
「冬!!
何してる!!
!!帆乃か?
冬は起きてるか?
もう9時だが未だ寝てるのか?」
慌てる直輝の声に、帆乃は眠そうにぼんやり答えた。
「、、まだいる、、」
帆乃も寝てると確信した直輝は
「内に入っても大丈夫か?
すぐに冬を連れて行かんと間に合わないからな。
入るぞ!」
そう言うと、すぐに寝室まで直輝はやって来て、大声で喋りだす。
「おい!冬!
起きろ!!
今朝、灰谷さんとのアポがあるだろう!
とりあえず起きろーーー!」
帆乃はうるさくて布団をかぶり、冬はふらふらと起き上がった。
「あ、、、ごめん、、、
すぐ用意、、、あ、、帆乃、、、」
直輝は冬を引っ張ってバスルームに連れて行き、着替えの服とスマホやメガネをかき集めてそそくさと出て行こうとすると、帆乃に引き止められた。
「、、サングラス、、、帽子、、、」
始め意味がわからなかったが、直ぐに直輝はピンと来た。
「わかってる!
隠せってことだな。
了解!
帆乃、大丈夫か?
よく寝ろよ!
じゃあ、行ってくるからな」
寝起きのままの冬に帽子とコートを着せた直輝は、自分の運転する車に冬を放り込んで、灰谷氏のリハーサル会場のホールに出発した。
車での道中、チラチラと冬を見ながら
「お前なぁ、、
目に凄い隈ができてるぞ。
元気なのはいいけど、少しは加減しないと、、
、、帆乃が恥かくぞ」
うつらうつらして、半分以上寝ている冬は
「、、ごめんなさい、今朝の予定、すっかり忘れてた。
なんか、我を忘れちゃって、、
死ぬ気でやってたら、、
、、身体が、、辛い、、」
赤裸々な話を聞かされ、ドキドキする直輝は照れながら言う。
「、、お前、、
死ぬって簡単に言うな!
とにかく先は長いんだから、最初から飛ばしすぎるなよ、、
せっかく出会えたんだから、じっくり温めて大切にしろ。
まぁ、俺が口出すことじゃ無いけどな、、」
一体なんで自分はこんな事言わないといけないんだと直輝は思う。
上を向いて寝ながら冬は答える。
「そうだね、、
でも最初が肝心だって、、」
寝てしまう冬を必死で起こす。
「オイ、こら!目を覚ませ!!
早く着替えしろ。
頭、ボサボサだから帽子取るなよ。
目の隈が酷いから、サングラスしとけ。
灰谷さんにちゃんと挨拶しろよ。
大丈夫か?!
おい!!」
着替えると冬は到着するまで泥のように眠ってしまった。
結局、冬はシンプルな白シャツに下は黒、グレーのロングコートにスニーカーという無難なモノトーンで、寝癖隠しの深めの帽子に大きなサングラスという怪しさを匂わせ、灰谷氏との面談に望んだ。