誰かの願いが届くとき 72 過去と未来
それまで順調に進んでいた映画のプロジェクトが、やっと最後に公開されるのを待ち構えていたかのように、一つのスクープとして週刊誌に大きくwho youの記事が載った。
直輝はそれを確認するために読みながら、ドンドンと青ざめた。
どれも酷いモノだったが、何が一番悪いかと言うと、これを見れば絶対に帆乃が傷付くと言うことだった。
帆乃の父親に、昔何があったのかも初めて知った。
愛する父親を亡くした挙句、冤罪をかけられるなんて、とんでもない屈辱だし、どれほどの辛い思いをした事だろうか。
それをあの、いつまでも子供のようでいて、優しい気持ちの子が、何とか過去を乗り越えて、前を向いて今ここにいると言うのに、蒸し返すなんて、非道にも程がある。
冬があんなにも、帆乃を大切にし甘やかせたがって、守ろうとするのが、今更ながら分かる気がした。
記事は全く知らない、誰なんだ?コイツは、という関係者からの話と称して、ツッコミどころが満載の、本当のことと嘘が混ぜ合わさり、何も知らない人が目にすると納得しやすいものだった。
アーティストのwho youは、本名、舞島冬といい、極秘で中学から付き合っている無名の脚本家との間に、既に2人の子供がいる。
その脚本家の父親は昔、飲酒運転の傷害事故を起こしたと冤罪をかけられたが、後に警察と元県知事を巻き込む汚職事件として当時注目された。
who youのピアニストの母は、何人もの男性と浮名を流すほど奔放な女性で、昔、アイドル並みにもてはやされていた熊飼一貴教授と逃避行して、コンサートをドタキャンしたりと、やりたい放題だった。
大したピアニストでもないwho youは熊飼教授との子供だから、そのバックアップで有名になり、教授のツテで教え子の灰谷光のオーケストラで共演出来た。
who youの事務所の宮沢直輝社長は、who youが大怪我をしたにも関わらずライブを強行させ、あと一歩で殺しかけた、非常識で無責任な恐ろしい金の亡者。
映画の見どころはwho youの曲だけで、あとは制作費を削るために、素人集団の役者とスタッフばかりを集め、同情を買う脚本家の彼女の駄作で、見る価値もないB級映画。
極め付けは、どこから見ても幸せ家族にしか見えない、ヨチヨチ歩きの幼児2人と手を繋いで歩く、プードル犬と散歩中の冬と帆乃の写真だった。
直輝の元に、怒り狂った松田が電話してきた。
「おっりゃあああーー!!!
何なんじゃあああ~~!!!
こん舐め腐った記事と写真は!
アイツら、、ようもやりおったな、、
何とあさましきことよ、、
暇なんかーーーーい!!!
ワシの、、
このワシの史上最高傑作のツインズを、よくもまあ許しものう、いけしゃあしゃあとこげなしょうもない、、
ナオキマン!!
殴り込みじゃて!
誰がこがいな思いして、夜も寝れんとミルクやって抱っこしてオムツかえて、むずがるんを追いかけ回し、踏みつけられーの蹴られーの縋られーので、ここまで育てたと思っとるがの!
これはワシと沙織ちゃんの子供たちじゃあ!!」
直輝はそれを聞いて一気に冷静になった。
「、、マッサン、
電話切ってもいいか。
とにかく、帆乃に気づかれないようにすることと、映画のイメージアップが先決だ。
とりあえずバッシーに熊飼教授のアポを取ってくれるように伝えてくれ」
「ふんぎゃ!
誰がズブのド素人じゃとな?!
こんワシのイケ散らかした演技と撮った映像をば、目ん玉くり抜いてよう見んちゃい!
ヘソで茶が沸かせるワイ!
こがな記事、ただの前座じゃ。
放っときゃええ。
ワシらはの、しょうもないもん全てを凌駕して飲み込んで、もっとスゲェええモンなんじゃ!
余裕のよっちゃんで、怖いもんなぞ何もないわ。
帆乃にもよう言うとけや!
こげな幼稚な工作しおってからに、残念至極の屁のカッパじゃ。
後でそれ見た事かと思いっきり高笑いしてやるでな。
そんぐらい今世紀最高傑作なんじゃ。
何も響かんわけ無かろうが。
ワシは次のアキャデミー賞の最優秀助演男優賞と映像特別賞を貰うんじゃ!
ワシにはハッキリ見える!!
その光景が!!
ギャアアアァーーーー!!!
いぶちゃん!!
チッチは痛いがなぁ、、
そげなモンどっから引っ張り出して来たんかの。
ゆかちゃんよ、、
いぶちゃんを顎で使こたらおえんでな、、」
紫ちゃんと息吹くんのヒャアヒャア喜ぶ声がして、松田との会話は途切れた。
松田が冗談なのか本気なのかは訳がわからなかったが、叫ぶ言葉は全くその通りなので、自分を決して見失わないでおこうと強く思った。
直輝は、冬と帆乃と映画を何としても守り抜く覚悟をした。
そんな直輝に、冬は帆乃と再会してからずっと考えて来たことを打ち明けて相談した。
帆乃を見つけて目的は果たし、who youとして出来る事は精一杯やったので、これ以上続ける必要はないこと。
これからは、帆乃とふたりで穏やかにゆっくりと暮らしたい。
帆乃の望みのままに、どこにでも付いて行き、何でもする、それが次の自分の目的、、
直輝は驚きはしたが、それも当然だと思い心静かに受け止めた。
冬には、エンターテインメントの世界に、帆乃以上の思い入れはないと分かっていた。
これもひとつの幕引きで、何一つ、変わらないものはない。
季節も風景も人生も。
寂しく思えるのは、今がとても幸せなんだと思い、そのことに感謝して冬に言った。
「冬の人生だ。
これまで色々あったけど、思った通り、いや、想像した以上に楽しくてワクワクして最高だった。
とんでもない凄い景色を見て、今まで知らなかった世界の体験を沢山させてもらった。
お前には感謝しかないよ、、
俺と千里は幸せだ、、お前に出会えて。
ありがとう、冬」
冬も同じ気持ちだった。
「直輝さん、本当にありがとう。
オレを見つけてくれて、、
千里さんも、、
帆乃に会えたのは、直輝さんと千里さんのおかげだよ。
どうやって恩返ししたらいいのかわからない。
でもこれから先、もしかしたら、また迷惑かけるかも知れないけど、、」
可愛いことを言う冬に、直輝は涙ぐんで
「仕方ないな、、
お前のためなら、多少のことは何だってしてやるよ。
いつもの事だからな、、
とにかく、元気で幸せでいるんだぞ。
ってか、まだ来年の6月までスケジュールあるんだからな!」
見えないけれど、確かな絆で結ばれていた3人だった。