誰かの願いが届くとき 66 やる気のない女優
この映画は春から冬頃まで、ゆっくりと季節に合わせて撮影されることになっていた。
出演者はほぼ自前で都合はきくし、音楽が組み込まれたファンタジー要素の強い作品だった。
帆乃は映画のために髪を伸ばし、ボディメンテナンスを施され、少しでも慣れるようにとボイストレーニングや演技指導を受けた。
絶対に顔がハッキリ見えるように映りたくないという帆乃のために、うつむき加減や横顔のぼかし、後ろ姿で撮影される。
その分、冬の演技力が試され、物を言う。
そしてクランクインを迎え、とうとうカメラの前に立つ時が来た。
初めての撮影には幼馴染の茜も来て、一緒に何度も繰り返し練習した。
にも関わらず、往生際の悪い帆乃は、皆に一斉の注目を浴び、遠慮なく向けられたカメラに怖気付いた。
極度の緊張で震えてイヤイヤをしながら、カメラの前で涙ぐむ。
「ごめんなさい! 無理!!
出来ない!
絶対に無理!
うううぅぅ!
、、ごめんなさい、
誰か、、誰か代わりの人お願い!
茜ちゃん、お願い!
私の代わりして!」
初っ端から大荒れするヒロインに、誰も怒らないのを見たヘアメイクのアラレさんが目を吊り上げて、代わりにカンカンに怒った。
「ちょっとーー!!
帆乃!何やってんの?
いい年した女が、子供みたいに泣くんじゃないよ!
せっかくアタシが可愛くしたのが台無しじゃない!
アンタ、それでも主演女優?
カメラに映ったら、いくらド素人の下手くそだろうが関係ないの!
早く、とっとと泣き止みなさーーい!」
厳しい言葉で叱られて、帆乃はもうグダグダになっている。
すかさずフォローに入る冬の言葉も全く効果がない。
「大丈夫だよ!帆乃ちゃん。
怖いのは初めだけだから。
あとは何であんなにって思うくらいだからね!
ほら、誰も帆乃の事見てないから、、」
なだめる冬の言葉を聞いて、帆乃に注目していた皆んなは一斉にそっぽを向いた。
帆乃は申し訳なくて、どうしたらいいかわからなくなった。
カメラを回していた松田が近づいて、帆乃に話しかける。
「帆乃よ、、
お前が全部悪いのよ。
ワシが最初にいうたじゃろが。
冬は悪いヤツじゃての。
なぜにあん時逃げんかったん?
帆乃をこげな所に引っ張り出して、アイツはウホウホ喜んどるのよ。
全く、最低な男じゃ!
帆乃をこがな目に合わせて苦しめおって。
恨むんなら冬を、こん限り恨めよ。
そう!!
その意気でやりんちゃい!」
帆乃は本気で冬を呪おうかと思ったが、それでもまだ覚悟が出来なかった。
頭を抱えた松田は、今度はわざとらしく嘆きながら言う。
「帆乃よ、帆乃さんよ、、
お前が始めんことには、ワシらはいつまでも家に帰れんのよ、、
ワシんトコの愛のネグラでの、可愛い目をした双子の赤ちゃんカラスが、首を長ごうにしてパパとママが帰るんを、お腹をクゥクゥ空かせて今か今かと、ずーーっと待っとるんよ!
帆乃よ!
お前、どげに思うかの???」
それを聞いた帆乃は、大変だ!と思って顔をハッと上げた。
何としても、紫ちゃんと息吹くんのところに、早くママとパパを帰さなくてはいけない。
その強い思いだけで、帆乃は一心不乱にセリフを言い、演じる世界に入って行った。
そして皆はヤレヤレと胸を撫で下ろした。
映画の撮影は、ゆっくりと順調に季節を移しながら進んだ。
松田のトボケ具合は、時と重力と概念の番人にピッタリだったし、冬は少し乱暴で情の熱いヤンチャで無鉄砲な真舟(ましゅう)を。
茜と千里と直輝は、息子の真舟を突然亡くした家族を涙ながらに熱演した。
他の個性的な俳優さん達も魅力的に持ち味を発揮させ、who youのファン達は喜んで楽しくエキストラに参加してくれ、裏方のスタッフさん達も優しくて真剣だった。
田舎での撮影中に冬と帆乃は、待ち時間にこっそりカフェに行ってお茶したり、ひっそりとした路線の電車に乗って可愛くデートっぽいことを楽しんだ。
自分の隣にちょこんと座り、車窓の流れる風景を楽しんでいる帆乃を見て、冬はしみじみと話しかける。
「もしも、最初からふたりが離れることなく、ずっと一緒にいたらこんな感じだったのかな、、
沢山、色んな景色を見たり、思い出を作りながら、こんな豊かで静かにずっと時を過ごしていられたのかな、、」
初夏の日差しにまばゆく輝く生き生きした山の緑や、ゆったりと流れる夏草の生い茂った川を見ながら、帆乃は考えた。
「、、舞島くんは私とは違う人と一緒にいたよ。
よっぽどの事がない限り、帆乃はとっても目立つ冬と付き合う気にはならなかったと思う。
でも、今一緒なんだから面白いよね!
アレ見て!
カラスが何か咥えて運んでるよ。
なんだろう?
何処に行くのかな、、
鳥って凄いよね、あんなに上手く飛べて。
いつも感心するの」
見つけるものを楽しく観察している帆乃だったが、冬は悲しくはぐらかされた。
今はすぐ側にいる帆乃が、自分から離れてどこか遠くに行きたがっているのではないかと思い寂しくなる。
まだ夏の始まりだったが、じきに秋が来て、また冬がやって来る。
映画が終われば、帆乃は綺麗さっぱり冬を置いて別々の人生を生きようとするのを、冬はどうやったら引き止めることが出来るだろうかと帆乃を見つめていた。