見出し画像

誰かの願いが届くとき 30 大切な人

東京駅のホテルで帆乃を大泣きさせた冬は、沙織から一旦落ち着くまで帆乃と距離を置くように言われ、仕方なく自宅に戻った。

帆乃を泣かすつもりなど全く無いのに、軽はずみな行動で失態を演じた自分に腹が立つ。

リビングのソファに寝転んで空を見上げながら、帆乃を思い出していた。

13年前、中学1年の頃、冬はこんなに近くで帆乃を見たことはないし、まして話したことも無かった。

それなのに、今日会った帆乃は昔の面影がそのままに、冬の心の中にずっと住み続けていた彼女そのものに思えて、適度な距離を取ることもすっかり忘れ、衝動全開で抱きしめて、くっ付いてしまった。

帆乃は恥ずかしがったが、決して嫌そうではない、と思う、、

ただの願望だろうか、、


そんな冬とは反対に、帆乃に付き添っていた沙織は、直輝に電話してこの事を報告していた。


「なんだってーー!?

会って早々に、冬が相手を泣かしただとーー!!」

直輝が思わず叫んだのを赤ちゃんを抱いた千里が注意する。

「ちょっと直輝!大きな声出さないの。

紫(ゆかり)ちゃんと息吹(いぶき)くんが驚くじゃん!」

双子の男女の赤ちゃんを連れてきていた松田も妻の沙織の話をスピーカーフォンで聞いていた。

松田は大爆笑しながら

「冬はまたやらかしおったんか!

開始15分で泣かしたんかの!

マジウケるんじゃが。

相変わらずアホな子じゃて。

どうするんかの?

ま、心配せんでも、冬なら何ぞ考えるワイ。

ところで沙織ちゃん、今晩のご飯は何がええかの?」

ひとしきり笑ってマイペースな夫の話を沙織は無視した。

笑うどころの話ではないと思った直輝は

「社長の俺が出向いて謝ったほうがいいか?

冬にとって大事な相手だろう、その脚本家の子は」

直輝が慌てて出向く用意をしようとしたが

「いえ、これ以上大騒ぎする必要はないと思います。

小柳さんに休憩して頂くのに、部屋を取ってもよろしいでしょうか?」

沙織は提案した。

「そうか。

じゃあ出来るだけ丁寧に頼むよ。

多分、これから長い付き合いになるかも知れんし、、」

それを聞いた沙織は

「承知いたしました。

ところで冬は小柳さんを良く知っているようでしたが、何か聞いていますか?

小柳さんは冬のこと全くご存知ない様子でした」

直輝は、脚本の資料を見せた時の冬の反応が尋常でなかったのを思い出し

「うーん、詳しくは聞いてない。

けれど、そのうちわかるだろう」

それを聞いていた松田は口を挟んだ。

「そんなん放っときね。

こっからの楽しみじゃて。

沙織ちゃん、お仕事ご苦労様!
ゆかちゃんといぶくんが言っとるんよ。

気ぃ付けて早よ帰って来てな~」

赤ちゃんたちの、あーあーという声が聞こえて来て、沙織は笑顔になった。

「ママはすぐ帰りますからね!

ふたりともパパをよろしく頼みますね!」

と、沙織は自分の子供にも丁寧に話しかけて電話を切った。

それから、沙織はホテルに部屋を用意し、泣き疲れた帆乃に丁寧に謝罪して部屋へ案内し、軽食の用意をホテルに頼んで帰ったのだった。


いいなと思ったら応援しよう!