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誰かの願いが届くとき 76 闇の中の光


帆乃は行ってしまい、再び置き去りになった冬は、悲しみと後悔以外、何も考えられなくなった。

これから、ずっと帆乃と一緒に生きていけると思って、幸せで安心しきっていたのに。

いつまでも続くと思っていた幸福感は、あっという間に脆くも崩れ去って、ポツン、と虚無感が果てしなく続く。


昔、帆乃はきっと、これ以上のもっと苦しい経験をして来たんだと思うと、勝手に涙が溢れた。

あんなに夜、ひとりで寝るのを怖がって、時々、悪夢に怯えて泣くのに。


子供の頃から、随分と大人になり、世界をよく分かっていた気がしていたけれど、相変わらず中学生のままの自分と何も変わってなくて、本当にどうしようもない。


また、忘れられない思い出に縋って生きていくのか?

出会った最初から、帆乃は自分の事など全く眼中に無くて、必要ともされてなかった。

結局、全てに意味は無くて、自分の執着だけで引っぱり回し、帆乃を余計に傷付けて、本来の幸せから回り道させるだけの邪魔者だったのか?

いっそ、元々から自分なんか居なければ良かったと、また落ち込む。


明日、自分の命と世界は無くなるかも知れないし、やっぱり変わらず続くのかも知れない。

あやふやに変化するこの世界で、何にも左右されずにより良く生きたいなら、何を願うだろうか。


冬はひたすらに答えを求めて、無意識になろうとピアノを鳴らし続ける。

でも、どの響きにも決して消えない刻印のように、帆乃を感じる光がキラリとして、冬を余計に苦しめた。

思った以上に重症だった。


ほとほと疲れきって、夜明け前のひっそりとした闇の空に、ふと、星の光が鮮やかに目に入った時、気づいた。


自分はどうしようもない駄作の映画に入り込んで、クサい演技を延々と続けている。

自作自演の主役であることをすっかり忘れ、望まない展開にこだわって、堂々巡りをし、本当の道を大きく逸れようとしている。

何やってるんだろうと思えた瞬間、自然に心に空間が出来た。

もう何でもいい気がした。


帆乃を死ぬほど好きでも、振られても、一緒にいられなくても、落ち込んでも、、


自分だけは自分の思い込みや意識から離れられない。

自分の認識でしか自分を満足のいくように幸せにしてやれない。

帆乃と一緒にいた1年間は、自分の望んでいた以上の、最高に幸せな日々だった。


帆乃に出逢えたこと自体も。

悲しむ以上に、喜び感謝すべきことだった。

それに気づいた時、冬は何かに導かれてここまで来たことを思い出した。


その目に見えない、自分のことを良く知っている導き手は、帆乃を目の前に出現させて、自分ではどうしようも無いくらいに、心を掻っ攫って、彼女を猛烈に愛するように仕向けた。


絶対に、このままで置いておく訳がない。

どんな手を使っても、この導き手は自分を最善で最高の世界へと必ず連れて行く。

それこそが、帆乃と出逢った意味。

自分を最大に表現して、願いのまま思う存分に生き切ろうとする命のパワー、魂の自由だった。


もう今はただ、これ以上逆らわずに、何も考えずに、それを信じる、、


頭を空っぽにして、インスピレーションの導きに身を委ねる、、



翌日、事務所で熊飼教授を訪問する前に、直輝と冬が沙織を待っていた。

沙織と一緒に来た松田が、抜け殻になっている冬を茶化して景気付けに騒ぎ出した。


「ギャハハハハ!!!

お前、帆乃に逃げられたんか!

まこと笑えるんじゃが、、

さすが帆乃よ。

上手いことやりおるの。

次は何を引っ張り出すつもりなんか、、

こがいなおどろおどろしい男、何しでかすかわからんて。

冬よ、残念な男じゃの。

あげに尽くした言うんに不憫なことよ。

お前、何故に人間ドラマにどっぷり浸かっとるん?

こげな考えてもしょうもない事は鼻歌でも歌とうて流れに任せるんが一番じゃて。

塞翁が馬の、目くそ鼻くその、覆水盆に返らずじゃ。

帆乃は消えてのうなったわけで無かろうが?

ストーカーで捕まるまで、トコトン追いかけ回し続けるんよ。

お、ただしツアーが終わってからの。

コレを放っぽったら、帆乃は絶対許さんけな。

時と重力と概念の番人のワシが、ええ事教えてやろか?

太陽と北風作戦じゃ!

お前はとことんキラッキランに輝いて、ええとこ見せつけるんじゃ!

そんなら必ず帆乃の目に止まって、惚れ直すに決まっとるでの。

ええの、わかったか?

ほんじゃ、映画の舞台挨拶とツアー、しっかり気張りんちゃい!!」


心配そうに直輝はやつれた冬を見たが、心を動かされている様子はなかった。

松田の訳の分からない話だったが、何故か全て集約されている気がして、冬はヤバいのかヤバく無いのかの判断がつきかねた。

すると、その話をエントランス近くで聞いていた沙織が来て、人を笑い物にするのはいい加減辞めなさいと叱り、松田はそれを嬉しそうに反省していた。

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