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誰かの願いが届くとき 60 解放

冬と帆乃が立ち去り、今日はもうこれ以上話し合うことはないと直輝は思っていた。

場の空気を読めているのかいないのか、松田は沙織の丸ごと存在無視に耐えきれず喚きながら弁明した。


「沙織ちゃああぁぁん!!!

さっきのは本当のワシじゃないんよぉ!

ワシになんぞ悪いモンが乗り移っての、ワシに言わせたんよぉ!

ほんまなんよおおぉぉ!!

許してえぇぇ、、」


沙織はウンザリして厳しく言った。


「しっかりお祓いとお清めして来なさい!

ニ度と、、 

こんな真似をしたら、お寺に入れますから。

幾ら仕事でも、私の双子にこんな父親はいりません。

承知しましたか?」


愛する双子を持ち出されては大変な松田は、うんうんうんうんと何度も頷いた。


片方の頬が腫れ上がった松田を見て、やや同情を示した直輝は


「、、マッサン、、

さっきのアレは、、

帆乃は大丈夫なのか?」


沙織の機嫌が暫く直りそうにないと思った松田はしょんぼりしながらも、村雨くんに言った。


「ムラッチ、ビデオ見せての。

ナオキマン、観てみ、ホレ。

これしかなかろう、この映画には。

どげなかの。 

帆乃はやるかの?」


確かに、他の誰の演技の時よりも、冬の表情は驚きと怯えに震え、やるせない。

これは演技でないからだろう。


「しかし、帆乃をどうやって説得する?

冬はどうするんだ?

やらせるのか?」


この映画がどうなるかは、帆乃と冬にかかっていた。




抜け殻になった帆乃を連れて、冬は家に帰った。

ふたりとも、何も喋らない。

帆乃はベッドに直行して、倒れ込んだ。

心配した冬は側に付いていたかったが、帆乃の雰囲気から、ひとりにして欲しいのがわかる。

自分の代わりにウサギのぬいぐるみを帆乃の隣にそっと寝かせ、部屋を出た。


帆乃は松田が言ったように、今の自分のネグラにコソコソ潜り込んで、ぬいぐるみを抱きしめて隠れている。


あの言葉を発した時、自分の中にあるもの凄いパワーを感じて、それを取り戻したように思った。


松田の言葉は、自分がそれを言わせたんだ、、


あやふやな覚悟と中途半端な自信の無さを見透かされた。

それでも前に進む勇気と意志が、自分には有るのかと。

そして、自分の心の奥底で鳴りを潜めていた醜い嫌悪感が、ようやく出口を見つけて、獣のように今だとばかり荒れ狂った。


帆乃は、昔感じた強烈な理不尽さと怒りを、自分はまだこんなに溜め込んでいたのかと思い知る。


父が亡くなった事への怒り。

当たり前だと思っていた幸せな世界が、突然、前触れもなく壊れてしまう、底知れない恐怖。

神様に祈っても届かなかった。

神様なんていないと絶望した。


大好きな父は誤解され、何も知らない人が、帆乃や母に自分勝手な烙印を押していく。


幸せそうな子を見て、指を咥えて泣きそうな自分が、絶対に許せなくて嫌だった。


自分だって、、とっても幸せだった、、


寂しさや悲しみを押し殺して、大丈夫なフリをいつの間にかしていた。


自分を憐れむのはプライドが許さない。


誰かや何かのせいにする考え方は、死んでも嫌、、


物語の中の女の子たちは、皆んな、辛い目に遭っても、勇敢に自分を表現して前向きに成長し未来を切り拓いて行く。


そんな物語や自分の空想に夢中になっている時は、現実の全てを綺麗に忘れられた。


でも怖いと思い込んでる比較だらけの現実から逃避行ばかりして、自分にちっとも自信が持てない。


心を開けて愛せるのは、何を思っても気にしない、自然界と生き物くらいで、鈍臭くて怖がりだから人間社会に馴染めないし、その気にもならない。


自分を信じきれていないから、いつまで経っても同じところをグルグル回っているだけ。


嫌な感情に蓋をして、上手く隠して気が付かないフリをしても、油断すると何度も何度も顔を覗かせては自分を苦しめる。

どうすれば、この無限ループから出られるのか、、


もっともっと強ければ、、


どんな自分でも、ダメ出しせずに受け入れて愛することが出来れば、、


揺るぎない圧倒的な自信があれば、、


非の打ちどころのない容姿や、誰をも感心させる才能や魅力、唯一無二のキャラクターを持っていれば、自分は納得出来るの?


それを全て備えてる人なら、すぐ側にいるし、今日も沢山見てきた。


そんな人たちが輝く世界なのに、自分なんかが入り込んだのがそもそもの間違いだった。


私には何も評価されるものはない。

怖くて無理、、出来ない。

もう、このまま逃げ出そう。


冬や他の優秀な人達なら、自分がいなくてもちゃんと立派にやれる。

中途半端に迷惑かけるより、今なら元のネグラに戻って、前みたいに静かに暮らせる。

それで満足してたし、充分幸せだったはず。


ここで去っていく帆乃を、冬はどう思うだろう?


優しいからきっと許してくれるし、冬は有り余る才能と弛まぬ挑戦で自分の世界を創り続ける。


そう思うと、ホッとした。


自分がいなくても、世界はいつもと同じで勝手に周っていく。


でも、果たして、それは帆乃の望む世界なのか、と思った。


何のために、帆乃は今ここにいるのかを思い出した。


こそこそネグラに隠れて、じっとして終わる一生を過ごすためじゃない、、


ほんの少しでも勇気を持って、自分の安全にいられる世界を出て、冒険してみたかったんだ。


自分にも、何か特別な力があるんだと自信を持ってみたい。


世界に、自分という確かな存在が有ると感じるために、映画という現実創造をしてみたい。


望む環境で、素敵な人達に囲まれて。


それが今、思ってた想像以上の環境を与えられているのに、怖くなって逃げ出そうとしている自分に気がついた。


全てを怖がらずに受け入れる用意と覚悟が全く出来ていない。


自分自身を受け入れられなくて、情け無いと思っている人間の創る映画を、一体誰が観たいと思うだろう、、

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