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誰かの願いが届くとき 31 結晶
自宅で悶々と待機していた冬は、やっとの思いで沙織から連絡を受けた。
「小柳さんはお疲れでしたので、今はゆっくりホテルで休んで頂いてます。
謝罪しましたが、彼女は冬の事を悪く思ってないと言ってました。
どうしますか?
明日もう一度お時間取って頂きますか?」
居ても立っても居られない冬は、自分で何とかすると答えると、今にも突撃しそうな勢いを感じた沙織は、帆乃を休ませるために午後いっぱいは時間を置くようにと忠告した。
12月の夕暮れは早く、雪の降りそうな凍える夜だった。
ホテルの前までやって来たが、帆乃に会うのが怖くなり入るのを躊躇う。
自分のせいで、あんな子供のように泣きじゃくる姿が堪らなく辛く感じ、冬も泣きそうになる。
丸の内側の広場から、冬はベンチになっている木の側に座って、ホテルのエントランスを見ながら帆乃のことを考えていた。
昔の事件を知っている自分と映画を撮ることは、帆乃にとって良いことなんだろうか?
帆乃の名前が出て、万が一、自分の本名を誰かに気づかれ騒がれることになったら、昔のことを嫌でも思い出させて、帆乃を傷つけることになるのではないか。
自分の思いを押し付けるだけになってしまったら、、
帆乃にとって、何が最善なんだろう?
そんな事をグルグルと考えながら、冬は木枯らしの吹く中、寒さも忘れてホテルの窓の灯りを見ていた。
この中に帆乃がいる。
それだけで冬は何時間でもそこにいられる気がした。
一方、ホテルで休んだ帆乃は、帰りの夜行バスに乗るために、チェックアウトをしてエントランスを出た。
外の広場には小雪が舞い始めている。
寒い中でも、帆乃は思わず雪の結晶を良く見ようと手を伸ばしてじっと見つめた。
ふと気がつくと、視線の先に背の高い男性が立って帆乃を真っ直ぐ見ていた。
帆乃は、その視線に引き寄せられるように彼に近づいて正面に立つ。
街灯の灯りに照らされた雪が、キラキラ光りながら二人の周りを舞っている。
帆乃は思い切って尋ねた。
「、、、舞島くん?
舞島冬くん?」
自分の名を呼ぶ帆乃の問いに、冬は喜びで瞳を輝かせた。
微笑んで目を閉じ、溢れる思いで胸を熱くしながら、帆乃をそっと優しく抱きしめる。
13年の月日が経ち、帆乃が冬を見つけた瞬間だった。
すっぽり抱きしめられた帆乃は、やっぱりそうなんだ、と思った。
でも舞島くんって、こんなに直ぐ人に抱きつくような子だったかな?と思いつつ、冬の身体が冷え切っていることに気がつく。
「冷たい、、」
帆乃の言葉に冬はハッとして身体を離した。
「舞島くん、風邪ひいちゃうよ!
家に早く帰らないと!」
意外な言葉に冬は尋ねる。
「帆乃ちゃんは?
こんな時間に何処に行くの?」
帆乃は当たり前のように答える。
「家に帰るよ。
これからバスに乗ろうと思って」
それを聞いた冬は慌てて帆乃を引き止めた。
「まだ映画の話が進んでないよ!
明日、もっと詳しく皆んなで話し合いするから、帆乃がいなきゃ!」
帆乃は帰るのをどうしようかと戸惑う。
「でも、ホテル出ちゃったから戻れないよ。
こんな時間だし、、」
それを聞いた冬は帰してなるものかと、ここぞとばかり悪知恵を働かせた。
クシャン!クシャン!と冬が咳をすると帆乃は慌てた。
「ほら!早く帰って暖まらないと。
舞島くんはとっても大切にされてるんでしょう?
皆んな心配するよ!」
帆乃が自分を心配してくれて嬉しくてたまらないのと、そんな帆乃が可愛くて仕方ない。
思わずニヤケそうになるのを耐えて、冬は自然に振る舞う。
「帆乃も。
オレの家に行こうよ!
泊まったらいいよ。
明日から一緒に映画作るんでしょう?
ちょうど良いと思うよ!」
そう言って、冬は無防備な帆乃の小さな手を取りタクシーに乗り込んだ。
帆乃は何だかよくわからないうちに、自信たっぷりの冬のペースに巻き込まれて、おとなしくタクシーに乗っている自分に驚いたが、中学時代のあの可愛い女の子みたいな冬を知っているので怖いと思わなかった。
ふたりを乗せたタクシーは小雪の降る中、冬の家を目指して走り出した。