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誰かの願いが届くとき 46 愛でる指先

 茜と話した後、上機嫌になった帆乃は、冬の買ってきた美味しそうなチョコレートをひとつ味見しようと、綺麗なボックスを開けてみた。

丁寧に作られた美しく並ぶチョコを真剣に見つめた後、目を閉じてクンクン匂いをかいで確かめる帆乃は、その濃い甘い媚薬のような香りに、思わず恍惚とした。


「こんな豪華なの食べたことないよ。

都会には本当に色んなのがあるんだね。

舞島くん、ありがとう。

大事に食べないと、もったいないチョコだね」


そう言いながら、そっとチョコを齧って味わい、満足のため息を吐く。


こんなに喜んでくれて、幸せな冬も大満足し一緒に付き合っていたが、自分の作業や練習があるので、夜もすっかり更けた頃だし、帆乃を寝かしつけるつもりで誘う。


「そろそろお風呂に入って寝る用意しようか、帆乃ちゃん。

眠るまで一緒にいるからね」


 当たり前のようにニコニコしながら話す冬に、帆乃はムッとした顔で


「放っといてくれていいから。

舞島くんはサッサと自分のことして」


厳しくそう言って自分の着替えを持ってお風呂に入ってしまった。

置いてけぼりを食らった冬は、その場の片付けをしてしょんぼりと防音室に閉じこもる。

お風呂から上がった帆乃はソファにもたれて、防音室からうっすらと聞こえてくるピアノの音に耳を澄ましながら、ノートパソコンを開いて茜に送るデータを作成し始めた。

一通り出来上がって送信した後も、気がつくと、冬のピアノは休みなく、ものすごい勢いで音が駆け上がったり降りたりしている。

そして、そのうち何も聞こえなくなった。


まるで昔話の鶴の恩返しみたいだと思った。


鶴は美しい布を織るけど、舞島くんは音楽を紡いでるのね、、

こんなに自由自在に音を操って、思い通りに演奏できるなんて、どんな気持ちなんだろう。

ここまで出来るようになるのに、今までどれだけの積み重ねがあるんだう。

それとも、生まれながらに自然と出来るのかな?

自分には想像もつかない、、


そんなことを目を閉じて考えていると、いつの間にかソファでウトウトしてきた。


日付が変わり2時間ほど経った頃、冬は休憩しようと出てきたら、電気を付けたままソファで眠っている帆乃がいた。


帆乃はしっかりした事を言う割には、オチはいつもこんな感じなんだろう。

冬はそっと独り言を言う。


「こんな所で寝たら風邪を引くよ。

全く、本当に世話が焼ける困った子だな、、帆乃は」


思いとは裏腹な冬の呟きは、眠っている帆乃には聞こえない。

こんな日が来たのが嬉しくなって、帆乃を抱き抱えてベッドに連れて行こうとした。

帆乃は起きたくないのと甘えたいのとで冬の首にしがみつき、なすがまま気持ちいい布団に寝かされた。


「おやすみ、帆乃。

楽しい夢を見てね」


冬の言葉に返事をしないと言うことは、ちゃんと安心して眠ったのだろう。

可愛くてたまらない思いを胸にいっぱい抱える。

離れ難いのをなんとか推しやって、もう一度防音室で鶴の恩返しに励み、それが終わると自分もそそくさとお風呂に入って、帆乃の寝ているベッドに潜り込み一緒に眠った。



冬至前のゆっくりとした陽が昇り、暫く経った頃、帆乃は目を覚ました。

自分のすぐ左側に冬の顔がある。

ボーっとして半目のまま、帆乃は冬の顔を眺めた。

目を閉じていてもその顔は、見れば見るほど整っていて綺麗だった。

大きな喉仏から男らしい顎、綺麗な窪みの下の唇、すっきりと中心を分ける鼻、閉じられた瞳にそっと被さる瞼と長いまつ毛、立派な額、、

帆乃はボンヤリとして指先で観察を始め、各パーツを優しく愛でて何度も辿って行った。


何かが顔に優しく触れる温かな感触に冬は気がつく。

目を閉じたままその感覚に集中していると、くすぐったいような気持ち良さがどんどん深まって、思わず鳥肌が立ってきた。

帆乃の触れた小さな指先から伝わってくるじわりとした熱と、そっと優しく触れていく感覚が、無防備な冬の原始的な欲望を刺激していく。

冬の全身の感度は鋭さを増し、小さな指の動きに見事に反応する。

欲望は熱を溜め込み、連動して心臓の鼓動は力強く加速し、血液がドクドクと隅々まで行き渡る。

我を忘れた本能は手がつけられないくらいに暴れようとし、やって来る大きな波に乗ろうと身震いを始めた。

たまらず冬は、急いでベッドから抜け出し、その場を離れた。


帆乃はどこかに行ってしまった冬を思ったが、さっきの冬の振動が自分にも伝わってきて、それがうっとりするほど気持ち良かったので、そのまま眠っていた。

2日目の朝も、冬は帆乃から強烈な洗礼を受けて始まりを迎えた

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