スペースデブリ
一般的に「宇宙ごみ」と呼ばれるスペースデブリ(以下、デブリ)は、宇宙空間を周回して宇宙活動を妨害し、宇宙物体との衝突のリスクを高めている。デブリが増加し続ければ、人類が宇宙空間を利用することさえ困難になることが危惧される。そのため、これ以上デブリを増やさない対策として、デブリの発生を低減する措置が求められる。
デブリの数を増やさない一番簡単な方法は、人類が宇宙活動を停止することである。しかし、宇宙活動によって築き上げてきた人工衛星による地球観測システムや、高度に発達した情報伝達網の存続なしには、現代の地球規模問題の解決や人類の社会生活を維持し続けることは不可能であろう。したがって、引き続き宇宙活動を行いつつも、デブリを低減し、既に存在するデブリを除去する対策が図られる必要がある。
低減措置に関する国際的な対策としては、主に2007年に国連総会決議の採択文書に記された「国連スペースデブリ低減ガイドライン」(以下、ガイドライン) がある。ガイドラインに定められた低減措置は、デブリの発生要因ごとに対応した発生防止の措置となっている。しかし、ガイドラインそのものには法的拘束力はなく、低減措置を実施する法的義務はない 。
国際的なレベルにおけるデブリの低減措置に関しては、まず、宇宙活動を行ういくつかの先進国の宇宙機関がその取り組みを開始した。これらの宇宙機関は、IADC(Inter-Agency Space Debris Coordination Committee:国際機関間スペース・デブリ調整委員会)を設立し、デブリ低減措置に関する研究及び情報交換を行って、今後デブリが増加しないよう取り組むことに合意した。その成果物が、「IADCスペース・デブリ低減ガイドライン」(IADCガイドライン、2002年採択)である。
その後、IADCが国連宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)の科学技術小委員会(科技小委)に、国連加盟国が実施するものとしてのデブリ低減ガイドラインの草案を提出し、COPUOSにおいて若干の修正を行ったうえで、2007年に国連総会決議で「国連スペース・デブリ低減ガイドライン」(国連ガイドライン) が採択された。この2つのガイドラインには法的拘束力がなく、定められたデブリ低減措置を確実に実施するかどうかは、各国の自主的な判断に委ねられている。
しかし、人工衛星同士の衝突や、宇宙物体の運用上の不具合などによって、デブリは今もなお増え続けている 。
デブリの種類
デブリの種類は、宇宙物体から剥がれた数mm単位の破片から、機能が停止した人工衛星そのものまで多種多様である。主なデブリは、次に列挙する通りである。
・機能停止している人工衛星やロケットなどといった宇宙物体そのもの
・運用上やむをえず発生するゴミ(ロケット上段、連結具、レンズのキャップなど)
・運用中不注意により宇宙空間に放出してしまった道具(手袋や工具など)
・宇宙システムの劣化によって剥がれる断熱材、塗料
・固体ロケットの噴出物
・爆発や衛星同士の衝突などによって生じる破片(Fragmentation)
・液滴(液がかたまりとなって漂う。宇宙飛行士が排出する尿は、尿を飲料水に変えるリサイクルシステムが導入されるまでは、船外に放出されてきた。尿は真空中に放出されると瞬時に結晶化する)
デブリの特徴
デブリの移動速度は、超高速である。高度350 kmから1400 kmの地球低軌道(LEO)では、秒速7~8kmで周回する。超高速で他の宇宙物体に衝突すると、宇宙物体は相変化して固体・液体・気体が混在した状態になる。地上での高速衝突で確認される現象と異なり、衝撃波やプラズマが発生するという。
衝突で生じる宇宙物体の損傷は、デブリの大きさごとにその規模が異なる。
・0.2mm程度で、衛星の構体パネルを貫通
・1mm程度で、0.5mmのアルミ板を貫通
・1cm以上で、衛星全体を破砕
高度80km~800kmの大気圏は熱圏とされ、高度とともに気温が上昇する。その上空にはヘリウムやプラズマなどが存在する。デブリはこれらの空気抵抗を受けて徐々に高度を下げ、大気圏に再突入して最終的には大気圏で燃え尽きるか地上に落下する。この再突入するまでの時間を軌道寿命という。大きさが10cm四方で質量300gのデブリの場合、高度600kmの軌道寿命は数年、高度1000kmでは数百年とされている。そのため、デブリはいずれ地上に落下することになる。
6つの発生要因
デブリの発生要因は、少なくとも6つのケースがあると考えられる。
①運用を停止(任務完了)した宇宙物体
かつての宇宙活動は、任務を完了したロケットや不要となった人工衛星は軌道上にそのまま放置することが通常であった。
②発生不可避のデブリ(現在の宇宙システムの技術上の問題)
これまで、多段ロケットの段間等を固定しているV型クランプバンドは、ロケット切り離しの段階でバンドを宇宙空間に放出していた。また、光学観測機器のレンズのキャップやフード、太陽電池パネルを打ち上げ途中で開かないよう固定するワイヤーなども宇宙空間に放出され続けてきた。
③予期しない破砕や爆発事故
予期しない破砕や爆発事故である。太陽幅射により生じたタンクの破損が残存推進剤の爆発を引き起こす場合がある 。その爆発によって大量のデブリが発生する。
④意図的な宇宙システムの破壊
人工衛星が大気圏へ再突入する際の安全策や軍事機密の保持のために、自国の人工衛星を意図的に破壊することがある。この行為は、1960年代後半から1980前半まで、冷静構造下にあったアメリカとロシアが行ってきた。また、2007年には、中国が人工衛星破壊実験(ASAT実験)を行った。この破壊は、大量のデブリを発生し、国際的な非難を浴びている。
⑤軌道上での衝突
人工衛星やデブリは超高速で移動しているため、人工衛星とデブリなどの衝突によって、人工衛星は破壊される。2009年のアメリカとロシアの人工衛星同士の衝突では大量のデブリを発生させたといわれている。
⑥自己増殖(ケスラー・シンドローム)
軌道上の環境が悪化することによって、既に存在するデブリ同士が衝突して、連鎖的に次々とデブリの衝突を引き起こし、自然とデブリが加速度的に増加することがあり得る(ケスラー・シンドローム)。
デブリは、意図的な破壊によって生じた割合が一番多い。国連ガイドラインでは人工衛星の意図的破壊を行わないよう求めている。
次に多いのが運用終了後の推進系の爆発である。液体燃料ロケットの推進剤がタンクに残っていると爆発を起こすことがある。
その次は、不具合によるものである。宇宙システムの不具合による破砕破片の数は減っていない。新規参入者(後進国や民間事業者など)の宇宙活動の活発化によっては懸念されるデブリ発生要因である。
そして最後に、衝突である。宇宙空間におけるデブリの密度が増加しており、今後はデブリの衝突による破砕発生率が急増すると考えられる。
発生要因に焦点を当てたデブリ対策
デブリ問題の対応策としては、デブリの除去と監視、そして低減(発生防止)がある。これらの対応策はいずれも必要不可欠であるが、6つの発生要因に適切に対処するためには低減措置の実施を進めていくことがより重要と考える。
除去は既に存在するデブリを対象とするが、現在、その技術は確立されていない。また、デブリ除去の国際法上の明確な規定も存在しないとされている 。
監視も既に存在するデブリを対象とし、常時デブリの分布状況を把握することによって、宇宙システムの損害を未然に防止する。デブリの監視技術を有する国は、アメリカやEU、日本であり、世界のどの国でもデブリを監視する能力を持ち合わせているわけではない。また、国際的な監視網が確立しても今後もデブリが増え続ければ、宇宙活動の自由を制約するおそれがあり、デブリ問題への対応としては監視だけでは不十分である。
低減とは、デブリの発生を防止することを意味する。既に述べたとおり、デブリの低減措置に関しては、国連ガイドラインが成立し、法的拘束力のない形で低減措置を実施するよう国際社会で推奨されている。国連ガイドラインに定める低減措置は、一定の水準に達した国にとっては技術的に可能な措置である。
デブリ問題の性格及び現行の国際的な取り組みをみても、いかに実効性のあるデブリ低減措置の実施を確保するかが重要となるであろう。
(※写真はESA(欧州宇宙機関)より。あくまでもデブリや宇宙物体の分布のイメージ。宇宙空間に存在する物体はこれほど大きくはない。)
【主な参考文献】
・青木節子『日本の宇宙戦略』慶應義塾大学出版会、2006年
・西井正弘・臼杵知史編『テキスト国際環境法』有信堂、2011年
・加藤明『スペースデブリ――宇宙活動の持続的発展をめざして』地人書館、2015年