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「流域」とは何かを産総研の門前の小僧ができるだけ分かりやすく説明してみます

2025年2月6日(木)に開催されたVenture Cafeのイベントに登壇させていただきました。

「ネイチャーポジティブへの旅」というシリーズの中で、今回は「ネイチャーガバナンス」を「流域」の重要性に着目して議論する内容でした。
ステキなメンバとご一緒できました。吉田さんファシリテーションをされて、留目さんがリビングラボによる地域創生の観点から語られ、山口さんが仲間と立ち上げたモリジェネを含めての具体的な流域に関わる活動事例の紹介されるという中で、当方はそもそも「流域」とは何かをはじめて聞く方を想定して説明させていただきました。

そこで当方がお話しした内容をまとめておこうと思います。


なぜ当方が流域を語ろうと思ったのか

当方は、ご縁がありまして、産総研(さんそうけん、国立研究開発法人 産業技術総合研究所)の研究者のプロデュースに関わる仕事に携わっています。しかし、当方は研究者(専門家)ではありません。

では、なぜ素人の当方が流域を語ろうと思ったのか?

端的には、面白いのでもっとみんなに知ってもらいたいが、より伝えるためには専門家が普段説明しないくらい、しっかりかみ砕いて分かりやすくした方がよりたくさんの人に伝わるのではないかと思ったからです。

また、産総研には、日本で唯一の地質調査のナショナルセンターである「地質調査総合センター」があります。(地質調査のナショナルセンターは世界各国にあります。)後述しますが、流域と地質は深い関連があります。

地質調査総合センターは、ブラタモリ#188でも取り上げていただけるようなステキなところなのですが、個人的には知名度はもっと上がってよいネタの宝庫と思っています。

なので、「門前の小僧習わぬ経を読む」という感じですが、いろいろな研究者から教わったこと等を基に、僭越ながら語らせていただくことにしました。

流域って、なぜこんな変わった形なの?

イベントの案内には「流域とは、川や湖の水系を含む一連の地域」という記述があります。その通りなのですが、この説明ではピンとこない方もたくさんいらっしゃると思います。検索して出てくる「流域」の意味はこんな感じの記述が多いと思います。
「流域」と言われても、それがどのようなものか、イメージしにくい方もいると思いますので、まずは地図で見ていただきたいと思います。
YAMAP流域地図がとても便利です。すばらしいです。

例えば、栃木県の那須エリアが含まれる那珂川の流域(那賀川水系)はこのような形です。黄色の線で囲まれた範囲が流域です。

上流に那須エリアがある那珂川の流域(那賀川水系)

https://watershed-maps.yamap.com/maps/watershed/n/@36.3362,140.5942

水色の川を囲んだ地域となりますが、変わった形だと思いませんか?
また、琵琶湖を含む淀川流域はこんな形になります。

琵琶湖を含む淀川の流域(淀川水系)

https://watershed-maps.yamap.com/maps/watershed/n/@34.6830,135.4202

かなり変わった形ですよね。葉っぱみたいです。
流域の形がなぜこのようになるのか、この後でできるだけ分かりやすく説明していきます。市町村等の行政の境界線とも異なる独特の形である「流域」という地域の単位がどのように決まるのかの説明です。

流域は尾根に囲まれたお椀のような地域

「水は高きから低きに流れる」という格言もあるように、水は高いところから低いところに流れていくということは、当たり前と言えば当たり前ですが、流域を理解するための重要な基礎となりますので覚えておいてください。

水が標高の高いところから低いところに流れるイメージ
(当方作の拙いポンチ絵で恐縮です)

山に降った雨は、地表を流れたり、地下に浸み込んだりして、下の方に流れていきます。高いところから低いところに流れていくので、山頂のこっち側と反対側では、当たり前ですが水が流れていく方向が異なります。
また、山頂と山頂をつなぐ高くなったところを尾根といいますが、尾根からみて低い方向に流れていきます。

そのため、尾根に囲まれた図のような小さな地域も流域になります。この図は、那珂川水系の上流の那須岳の山頂付近を見たものとなります。山頂に近い方が標高が高いところ、遠い方が標高が低いところとなります。

那珂川水系の上流の那須岳の山頂付近の流域
(YAMAP流域地図の画像に筆者が文言を追加)

尾根に囲まれた黄色い線のエリアの低い方に水が流れていきますが、尾根を縁と見立てた「お椀」のような地形をイメージしてもらうと分かりやすいかも知れません。

お椀の縁を山の尾根線と見立てて水が溜まったお椀を傾けるイメージ

このような小さな流域は、標高が低い下流で合流して、川や湖沼に流れていきます。

細い黄色い線で囲われた小さな流域が標高の低い下流で合流して川になっていく

このような形で合流しながら標高の低い方に水は流れていき、最後に海至るまでつなげると、大きな流域の形ができるというわけです。

YAMAP流域地図では階層で表現されていますが、範囲の捉え方で色々な形の流域があるということも覚えれいただければよいかな、と思います。

なお、流域の輪郭の尾根線のことを「分水嶺」と呼ぶこともありますが、これはまさにここで水の流れが分かれているからです。

尾根線(分水嶺)で区切られる流域の形

流域と森林の水源涵養との関係

「流域」の理解は、森林の水源涵養を理解するためにも役立ちます。

先ほど、流域は尾根線でつながれたお椀のような地形と説明しました。このお椀のような地形の中で、森林に降った雨水が貯留され、外にゆっくりと流れていくようにする森林の機能を、森林の水源涵養機能と言います。

豊かな森林の土壌には、雨水や氷雪がしみ込み、貯められて、ゆっくりと流れていきます。森林がないと、あっという間に下流に流れ出てしまいます。
あっという間に流れてしまう状態では、豪雨による災害が起きやすくなったり、晴れの天気が続くと水不足が起こりやすくなるので、森林の水源涵養機能はとても重要です。

森林には、お椀のような流域の地形に水を貯めて保持する機能を高める効果があるということです。
森林の水源涵養は、「水収支」と呼ばれる、流域の水の出入りのメカニズムと密接に関連します。

地下水涵養量 = 降水量 ー 河川流出量 ー 蒸発散量

突然、式を出してしまいましたが、水源涵養に関する地下水涵養量は、流域の単位でこのような考え方に基づいて算定されます。

令和5年10月3日第2回 企業連携水循環ウェビナー「水循環における地下水管理と持続的な利活用に向けた課題」(国研)産業技術総合研究所・地質調査総合センター地下水研究グループ 井川 怜欧 氏の発表資料より抜粋

https://www.kantei.go.jp/jp/singi/mizu_junkan/pdf/r051003_webinar_siryou2.pdf

流域と地質との関係

流域の地形のお話をしましたが、流域が形作られる基礎として「地質」についても知っていただきたいと思います。地面の下がどうなっているかを知ると、流域の理解がさらに深まると思います。

産業技術総合研究所 地質調査総合センター 斎藤眞氏 撮影

写真に写っているのは崖ですが、これは地面の断面です。

一番上に植物が生えています。その植生の下には表土があります。
さらにその下に地層があります。地層の性質のことを「地質」と言います。
地質が異なると、山の形等の地形や地下の水の流れや水質が変わってきます。

地形は地質と密接に関係しています。地質の及ぼす地殻変動が地形を作ります。また、水が流れると、地質の硬軟や割れやすい面をもとに侵食が進み地形が作られます。日本は、地域によって様々な地質があるので、流域を形成する要素として、地表だけでなく、地下の情報(地質)を知ることも、とても重要です。

人間社会と流域の関係

「流域」という地域の単位は、その流域の人間社会とも深い関連があります。

その流域の地形は、地質と密接に関連して形成されます。

地形は気候にも影響を及ぼします。山のあちら側は雪が降るのに、こちら側にはあまり降らないようなことは地形の影響です。

地域の土壌は、その土地の岩石の風化物と、風成層(火山灰等)と、植物遺骸(枯れ葉・枯れ草等)からできています。

その上に、植物が生え(植生)、生きものが住んでいます。

これらの要素が重なり合って「その地域の自然資本の特徴」を作り、その上で営まれる人間社会の文化・風習、食・水・酒、産業、景観等に影響を及ぼしていると考えられます。

流域は水の流れと密接に関連しますが、水の流れは、人が住むところや人が移動するための道を通す場所を決める上でも重要な要素です。

こう考えると、流域の理解は、地域の振興を考える上でもとても重要な要素になると思います。

産業技術総合研究所 地質調査総合センター 斎藤眞氏 作成の図を基に作成

流域の重要性と課題

流域という地域の単位は、人間の生活の基盤を守るためにも重要です。

  • 水資源の確保

  • 災害対策(洪水、渇水等)

  • 環境保全

  • 生物多様性保全

などは、これまでも流域を意識されてさまざまな対応がなされています。

また、これからは、

  • ネイチャーポジティブな産業活動等

の地域の単位としもますます重要になると思われます。

なぜなら、流域は、地域の特徴を決める自然資本の基礎であると主に、地域文化などにも影響を与えているからです。

日本は、多様な地質がある国ですので、流域毎の自然に特徴があります。このような地域の特徴をよく把握して地域に合った対応をしていくことがこれからはより重要になると思っています。

課題もあります。

  • 行政区等の既存の管理の単位と形状・範囲が異なるため「流域」という単位でのリビングラボ等の横断的な取り組みをしようとすると関係者調整が複雑となる。

  • 現在は目的(水資源、防災、環境保全等)ごとに所管省庁が分担してすすめているため「流域」で総合的に進めようとすると関係者調整が複雑となる。

  • 「流域」の関係者には、自治体や省庁の他に、住民、企業、NPO等の地域に関与するさまざまな者がいるため建設的な議論や効率的な合意形成を進めるためのさまざまな推進の工夫・努力が必要である。

このような課題解決をどう進めて、成果を出していくのかというのが、ネイチャーガバナンス、流域マネジメントを実践するうえでのテーマのひとつになると思います。

流域に関連する産総研の研究事例

最後に、ちょっとだけ産総研の宣伝をさせてください。

こんな研究活動をしています。

水文環境図/全国水文環境データベース

地下水の地図を整備しています。地球上の水の学問を水文学といいます。宇宙の学問を天文学というのと似てますね。

地質図

地面の下の地質の地図を整備しています。地面の上の地形図は国土地理院が作っていますが、地面の下の地質図は地質調査総合センターが作っています。

AIST-SHANEL(水系暴露解析モデル)
流域に放出された化学物質等がどのように拡散していくかを推定するリスク評価モデルも作っています。世界の様々な河川流域に適用できます。

地質標本館

地質のことをもっと知りたくなったら、つくばの地質標本館にぜひお越しください。

地図データや評価モデルを作る研究に取り組んでいる他に、これらの知見を活かした評価や課題解決のための技術コンサルティングや共同研究への対応もしています。

皆さまの「流域」での取り組みにも貢献していきたいと思っていますので、お気軽にご相談ください。

長文、読んでいただきありがとうございました。何かの参考になりましたら幸いです。もしも当方の理解不足等で不適切な説明個所などありましたら、こっそりご指摘いただけますとありがたいです。

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