見出し画像

『米特殊部隊CCT 史上最悪の撤退戦』これまであまり語られてこなかった戦闘管制員の物語


大英帝国の力がシーパワーに支えられていたとするならば、アメリカの覇権はそれに加えてエアパワーに支えられている。このエアパワーを支える存在のひとつが米空軍特殊部隊CCT(戦闘管制員)である。米軍の特殊部隊といえば陸軍のデルタフォースと海軍のネイビーシールズが特に有名であろう。これらの組織はハリウッド映画などを始め様々な娯楽作品にも登場している。しかし、本書の著者の言葉を借りれば、いかに特殊部隊員とはいえアサルトライフルを握りしめ敵に突撃する突撃兵は掃いて捨てるほどいる、しかし、高度な航空管制技術を駆使して空爆の指揮を執り一度に何百人、何千人を倒すことのできる特殊部隊員はCCTだけなのだ。アメリカを筆頭にNATOなどが行う陸空の戦力が精密機会の歯車のように連携する作戦にはCCTの存在が不可欠なのである。


実はこのCCTは日本ともただならぬ関係がある。東日本大震災の際に津波に飲まれ使用不能となった仙台空港を復旧作業開始から6時間で復旧させ救援拠点へと変えたのが実はCCTのメンバーを中心にしたアメリカ軍第353特殊作戦群のメンバーであった。


本書はアフガン戦争のさなか行われたアナコンダ作戦において、CCTの隊員として初めてアメリカ軍の最高の勲章である名誉勲章を授与されたジョン・チャップマンの半生を中心に据えながら、今までほとんど知られることのなかったCCTの存在とその歴史、そして隊員の戦いを描いたノンフィクションである。


ジョン・チャップマンは子供の頃からスポーツが得意で学生時代は運動部の花形としてスクールカースト上位の生徒に溶け込んでいた。一方で上位層が揶揄うようなオタクっぽい子や障がいを持った生徒とも親しく付き合い、寄り添う優しい心の持ち主であったという。ジョンは学校を卒業後に空軍へ入隊する。その時にCCTの存在を知ることになる。その後、紆余曲折を経て「特別な何か」になるため、そしてより高みを目指すために脱落率75パーセントという地獄のCCT養成課程へと進み、見事に合格する。さらに高みを目指すため精鋭部隊CCTの中でもさらに精鋭のみがメンバーになれる24を目指し、なんとこの難関をも突破する。しかし、結婚と娘の誕生が彼を変える。訓練や極秘任務で家を空けることが多い24の第一線メンバーでいることよりも、よき夫、よき父親として生きるため、自らの意思で24のレッド隊を離れ内勤メインである24の調査チームへと移籍する。これは2軍落ちに相当する決断であった。


一方でチャップマンの人生をよそに時代は進み続け9.11同時多発テロとアフガン戦争が勃発。内勤がメインの調査チームに転属していたチャップマンから本書の記述はいったん離れ、先に派兵されたCCTメンバーの戦いへと移っていく。ここで改めてCCTの技能がいかに凄まじいものかを読者は思い知らされることになる。


最初に登場するのがアメリカ軍で一番最初にアフガン入りした特殊部隊のひとつ第555ODAに派遣されていたCCTのカルヴィンだ。彼らは北部同盟の部隊と共同でバグラム飛行場の制圧を目標としていた。バグラム飛行場はタリバンが占拠し要塞化しており北部同盟は3年間に渡り飛行場を制圧するために攻撃を繰り返していたが、すべて失敗に終わっていた。当初、北部同盟の指揮官はたった数人のアメリカ軍の特殊部隊員が加勢しただけで空港を奪取できるとは思っておらず、555ODAのメンバーには懐疑的であったという。しかし、戦闘が始まるとカルヴィンによる敵拠点への完璧な空爆の誘導と航空管制により、たった数回の空爆でタリバン軍を壊滅させてしまう。北部同盟が3年間も攻めあぐねていた要塞はあっけなく陥落したのだ。これに気をよくした北部同盟側は早期に首都カブールを奪還するため進軍を開始する。


アメリカ軍の首脳部はカブール奪還には6か月は必要と考えていたためこの進軍には反対する、しかし、北部同盟側は進軍を続け、カブール近郊で全面攻勢に出る。この時点では兵力、装備の全てにおいて北部同盟は劣勢であり、彼らの切り札は555ODAだけであった。カルヴィンら555のメンバーはビルの上層階に監視所を設置し、次々に飛来する多種多様な航空機へ侵入経路、待機高度、攻撃目標、離脱経路などを矢継ぎ早に支持しタリバン側に空爆の雨を降らせる。米軍の空爆にも関わらず、戦闘はタリバン側が優勢に進め、ついには監視所を設置したビルの真下で白兵戦が始まる。カルヴィンは形勢逆転を狙い2000ポンド爆弾27発を自分の位置から500メートル以内に投下させるという決断を下す。少しでも目標をズレれば自分も555のメンバーも北部同盟の友軍も蒸発させかねない、危険な賭けだ。その結果は見事な成功、タリバンの主力は蒸発し残敵は敗走する。CCTの完璧な空爆誘導が勝利をもたらしたのだ。


その他にも、トラボラと呼ばれる山岳地帯に逃げ込んだオサマ・ビンラディンを狩り出すために行われたCIA指揮の空爆作戦でもCCTの隊員が空爆の指揮をとっている。敵地深くに少数の部隊で浸透し、何週間にもわたり空爆の指揮を執り続けるCCTの勇気と忍耐力、そして攻撃機を見事にさばく技術力が文面からも伝わってくる。本書の戦闘場面はとにかく臨場感が凄い。それもそのはずで本書の著者のひとりダン・シリング自身が元CCTであり、映画でも有名になったソマリアの『ブラックフォーク・ダウン』にも関与していた人物なのだ。


その後、米軍はシャヒコット渓谷に逃げ込んだタリバンを掃討するため「アナコンダ」作戦を開始する。これに先駆け米軍は渓谷周辺にデルタとCCTを主体とした小規模なAFO(高等作戦部隊)を浸透させる。偵察と作戦開始後の空爆を指揮させるためだ。しかし、この戦いでは米軍上層部の読みの甘さ、AFO内部で行われたデルタとシールズの主導権争いなどの誤算により米軍側も大きな犠牲を出すことになる。遅ればせながら派兵されていた本書の主人公ジョン・チャップマンの人生もこの戦いの渦の中に巻き込まれて行く。ちなみにタリバン側の指揮官も米軍の空爆技術をかつてのソ連軍のものと同程度ととらえて作戦を立案していたため、膨大な死傷者の山を築き上げることなる。戦争というものが誤算の積み重ねであることがわかる実例といえよう。


本書は今までほとんど語られることのなかった空軍の特殊部隊CCTの一端を垣間見ることができる貴重な書籍であろう。米軍内部でもCCTの存在感は増し続けているという。アフガン戦争に参戦したオーストラリアでもCCTの有用性は認識されCCTが設立されている。安全保障という観点からみて軍事に疎いと言われる我々日本人も一読する価値のある本といえよう。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?