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『秘録 CIAの対テロ戦争 アルカイダからイスラム国まで』元CIA副長官の回想


本書はCIAの元副長官、長官代理を歴任したマイケル・モレルの回想録だ。ページ数はざっと300ページほどで軽いタッチで書かれた作品に思える。政府高官の回想録では日本の元外交官、東郷和彦が書いた『北方領土交渉秘録』やライス元国務長官の『ライス回想禄』などの方が重厚感がある。書かれていることが今一つ核心からそれているような、ぼやけた印象を受けるのだ。


しかし、読み進めるうちに最初の印象は大きく変わる。例えばビンラディン殺害計画の際には、潜伏先の男がビンラディンである可能性を主任担当分析官が95パーセントとし、上級主席分析担当官80パーセントと高く見積もったという。しかし、イラク戦争の際の大量破壊兵器の分析に失敗していたCIAは念のために、作戦に関与していない部外者の分析チームに再分析を依頼する。この分析チームが出した割合は50パーセントだ。あえて同じ意見や価値観を共有しないチームに分析の再考をさせることで、より広い視点で物事を見直す作業を行っていたのだ。CIAがイラク開戦時に起こした大量破壊兵器問題の失敗から学んでいることが伺える。


ところで、ビンラディンの居場所を特定できたのはCIAが「強化された尋問方法」と呼ぶ、いわば拷問によるところが大きかったという。CIAの拷問は国内外で人権侵害と騒がれることになるのだが、この方法を用いなければ、ビンラディンが新たなテロを起こし、多くの命を奪っていた可能性があったという。


ビンラディンの隠れ家から押収された資料には複数のテロ計画の資料があったのだ。ビンラディンは表舞台から消えたように見られていたが、隠れ家から着実にテロ計画の指揮を執っていたのだ。また、その他にも複数のテロが「強化された尋問」により未然に防がれている。尋問と拷問の境界線はどこなのか。一般市民の安全を守るためならば、どこまで人権侵害がゆるされるのか。ページをめくる手を止めて、しばらく考えさせられたエピソードだ。


話が前後してしまうが、CIAは9・11直後のアフガニスタンで迅速に行動した。9・11から僅か4日でアフガニスタンに潜伏する対アルカイダ作戦の具体的な作戦計画を策定していた。これは、2000年にアデン湾で起きたアメリカ海軍ミサイル駆逐艦コール爆破事件の際に、時のCIA長官テネットが本気でアルカイダと戦う覚悟を決めたからだという。実際に今まで劣勢だった北部同盟が急速な勢いで反転攻勢をかけ、11月の内にカブールを制圧できたのは、9・11以前から北部同盟とCIAの間で協力体制が構築されていたからだ。


本書を読んで意外だったのが、ブッシュ大統領が思っていたよりも勤勉で決断力があり、国家の運営という問題に真剣に向きあっていたという事だ。ブッシュ大統領はリベラル系の知識人から叩かれることが多く、怠け物で思慮が浅いというイメージが世間に流布しているのではないか。例えばマイケル・ムーア監督の『華氏911』で描かれているようなイメージだ。この映画がイデオロギー的に偏向していることは承知しているが、私自身もやはりこの映画のイメージが頭のどこかに焼きつき、偏ったイメージをブッシュ大統領に持っていたことに気づいた。


ブッシュ大統領の「国民の命」を守りたいという真剣な思いがイラク戦争というパンドラの箱を開けてしまう。アルカイダが大量破壊兵器を使いアメリカ国民を殺傷するのではないかと真剣に考えたブッシュの頭の中で、実際に大量破壊兵器を使った過去を持ち、いくつかのテロ組織を支援していたサダム・フセインとが結びついてしまったのだ。CIAの報告ではイラク政府とアルカイダの間に関係性は見られないという分析があったにも関わらず。


ただ、ブッシュ大統領自身はCIAの報告にも謙虚に耳を傾け、結論ありきで物事をとらえなかったという。そこに、介入してきたのが、チェイニー副大統領の側近たちと一部のネオコン議員たちだ。フセインとアルカイダの関係を否定するモレルに政治的な圧力が加えられていた事が赤裸々に描かれている。またアルカイダとフセインを結びつける証拠がないにも関わらず、チェイニーらが、この2者の間に関連性があるような情報発信を繰り返すことにより、テロの恐怖と怒りの感情に支配されていた国民に復讐への世論が形成されてしまう。


CIAの失敗も赤裸々に記されている。イラクの大量破壊兵器の問題ではカーブボールという情報コミュニティでは信用ならない人物として有名な情報提供者を信じてしまう。またサダム・フセインが精密加工されたアルミ管で通常のミサイル発射装置(アメリカ軍では精密加工のアルミ管は使用しない)を造ろうしていたのを、大量破壊兵器製造の為だと誤って分析(ミラー効果)しまうなどのミスが続いた。またアラブの春の動きを読み違えたことなど興味深い話が散りばめられている。


時と場所を選ばず、市民を無差別に巻き込んだ攻撃を仕掛けてくるテロリストとの戦いは困難な道のりだ。おそらく中東に端を発する混乱とテロの拡散はしばらく世界的な規模で続くだろう。本書はテロとの戦いの最前線に立つCIAが、どのような失敗を重ね、それをどう克服していったか。彼らが法の支配や基本的人権をどのように考えているのかといったことを、元CIA副長官の視点から知ることができる一冊だ。








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