Hims & Hers Healthの投資分析
今回はHims & Hers Healthの投資分析を行います。
同社はセクシャルヘルス分野を中心にオンライン診療サービスを提供しており、男性向けのED(勃起薬)、ヘアロス(薄毛治療)などから事業を開始し、2018年には女性向けにも進出、スキンケア、メンタルヘルスなどサービスを増やし、2023年に減量分野に進出し、業態を拡大していきました。
売上高成長は
2019年: 83百万ドル
2020年: 149百万ドル(前年比80.2%増)
2021年: 272百万ドル(前年比82.8%増)
2022年: 527百万ドル(前年比93.81%増)
2023年: 872百万ドル(前年比65.49%増)
2024年第3四半期: 401百万ドル(前年比77%)
と2桁台後半の成長を連続で続けており、急成長企業です。また、既に黒字化に成功しています。
同社の資料にさまざまなデータが紹介されていますが、現在、サブスクライバーは200万人(前年比44%増)、平均サブスク利用料金は$67(24%増)と会員増加と単価の上昇を二桁成長で遂げています。
創業者、Andrew Dudum(アンドリューデュダム)
1988年頃、サンフランシスコで生まれ。移民の子孫で、起業家が多い家系に育ち、「何でも自分でやる」という文化の中で成長したそうです。幼少期からチェロを弾いており、サンフランシスコのユニオンスクエア前でストリートライブを行ったり、10代の頃には結婚式での演奏などを通じて小遣いを稼いでいました。
地元の名門スタンフォード大学への進学を目指していましたが、入学は叶わず、ペンシルバニア大学に進学します。ペンシルバニア大学も超名門ですが、Andrew氏はその存在を知らなかったそうです。父親から「ここも良い学校だ」と勧められ、入学を決めたとのこと。最終的に、同大学のウォートン校を卒業しています。
ウォートンは金融業界に行く人が多いですが、ゴールドマンサックスやニューヨークでの就職を目指す人が多い学校の雰囲気に馴染めず全然好きになれなかったようです。その一方で西海岸のスタートアップ文化が好きなんだと実感した時期だったとのことです。
大学時代は小さな企業でバイトしたり、レストランビジネスを手伝ったりしたようですが、働いても金銭的に報われない仕事(インセンティブのないビジネス)の辛さをその時に感じたようです。
インタビューを聞いた限りの”私の”印象ですが、テック系の技術中心の起業家と違い、マーケットからサービスを作り、ひたすらマーケティングでハックしていくのが得意そうなマーケティング、ビジネス構築などが得意なタイプの起業家と感じました。また、サンフランシスコの都会育ちで結構イケてるタイプの人間で交友関係も広く新しいヘルスケアを提唱するHims&Hersの創業者として合っているタイプかと思います。
Hims&Hers創業の経緯
卒業後はスタートアップでプロダクトマネージャーを務め、その後、ベンチャーキャピタルを創業しています。
その中でデュダム氏は、医療分野における課題を強く認識していました。
「スマホを開けば食べ物を簡単に注文し、車を呼び、チケットを購入することができる時代。スマートフォンを使って簡単に医療にアクセスできないのは“クレイジー”だ」と彼は感じたそうです。
医療に関してはクリニックの予約は数週間後になったり、受診するまで費用が不透明で、どんな診療を受けるられるのか、それが安全なのかも分からない。このような現状に対して、デュダム氏は大きな課題感を抱いていました。
「今後どうなるかは分かりませんが、10~20年後には医療サービスが消費者ブランド(例えばUBERのような)になる未来が来ると考えました。それなら、私たちがそのブランドを作ろうと思ったのです」と彼は語っています。
「現在、最もヘルスケアにお金を使っているのは50~60代の人々ですが、彼らが望むヘルスケアと20代が求めるヘルスケアは全く異なります。私たちは、若い世代が必要とし、期待するヘルスケアに特化したプロダクトを作ろうとしました」とデュダム氏は述べています。彼らを魅了するサービスを作れば20年後には彼らが最もヘルスケアにお金を使う層になり、収益を上げられると考えているようです。
特に、若い世代が直面する課題として挙げられるのは以下のようなテーマでした:
ヘアロス(薄毛)
アクネ(ニキビ)
ディプレッション(うつ病)
これらの課題に応えるプロダクトを通じて、Hims & Hersは新しい時代の医療ブランドを目指したのです。
デュダムはプロダクトマーケティングを得意とし、Himsのプロダクトを開発する前に彼らがどれだけお金を持っているかなど調査をし、フェイクサイトを作り、価格を変更したり、さまざまなテストを行いこのページにはどのようなジャンルの人が来たなどを追跡してきました。
その後、セルフファンディングで5万ドル〜10万ドルを集めました。
ジャッククシュナーなど大物投資家や色々な有力者の力を借りて数ミリオンドルを集めました。
Hims&Hersの事業
2017年同社は、男性向けにED(勃起薬)、ヘアロスなどの分野からサービスを開始し2018年に女性向けのHersブランドをローンチしています。
その後、スキンケア、メンタルヘルスなどのジャンルを広げ2023年減量薬も提供するようになりました。
同社の顧客は大きくノンパーソナライズドとパーソナライズドと2つの分かれます。
ノンパーソナライズドのユーザーは単一の健康状態に単一の製品のみを利用しているユーザー、個別の調整が必要ないユーザーです。
パーソナライズドのユーザーは複数の薬剤の組み合わせなど個別の健康状態に合わせてパーソナライズドされたユーザーです。
EDを処方するにしても、心臓が弱かったり、血圧が高かったり、既に常用している薬があったりなど健康状態は人それぞれです。持病や薬の飲み合わせに不安のある方にとっては医師の診療を受けれ、オンラインで気軽にサポートを受けられる同社のサービスは最適なソリューションかと思います。
また、パーソナライズドのユーザーこそサブスク単価が高く、一度使うと移行が起きにくい層です。この層を競合他社より先に集め満足させ、より個人に適した文字通りパーソナライズドされたサービスを構築できれば同社の強力なMOAT(堀)になります。
現在はユーザー数はそれぞれ100万人程度で分かれていますが、下記の表を見ると、パーソナライズドのユーザーは年を追うごとに増加しています。
例として
65歳の男性ユーザーはEDなど性的な状態を改善すると同時に心臓血管の状態も改善できた。
45歳の女性ユーザーは更年期障害によるヘアロスの治療を行っている。
などの事例が紹介されています。
GLP1
同社で最も伸びているソリューションの一つです。
この減量薬は服薬後にさまざまな副作用が働き、継続的なサポートが必要です。
他社の調査によると、GLP-1薬の使用継続率は4週間後に70%、12週間後に42%に低下しますが、同社のプラットフォーム上では4週間後に85%、12週間後には70%がサブスクリプションを継続しています。この成功は、個別化された投薬、幅広い治療提供、頻繁なコミュニケーションが要因であり、今後もさらなる改善が期待されます。
減量薬に伴う医療的サポートとHimsの相性が良いことを示しています。
また、GLP1(特にイーライリリー社製のもの)は供給が追い付いておらずどこも売り切れ状態が続いているにも同社には追い風になっています。
ただ、供給については2025年には改善されるため一時的な追い風で終わると思います。
自費診療
Himsは保険適用の診療ではなく、自費モデルを採用しています。
経営陣の考え方は既得権益の多い保険適用の診療分野に参入し、複雑なシステムを提供するよりはユーザーに支持されるサービスを構築して後から企業に対して「あなたの従業員は既にHims&Hersを使っていて、とても満足している。このプラットフォームを使ってみませんか?」とアプローチする方法の方が効率的だと考えているとのことです。さらにこれらの取り組みを数年で実現したいと語っていました。
SPAC上場
近年、SPAC(特別買収目的会社)を利用して上場した企業の多くが株価低迷に苦しんでおり、SPAC上場そのものに疑問の目が向けられることが増えています。しかし、デュダム氏は合理的な理由からSPACを選択したと語っています。
「通常の上場プロセスでは、12~18カ月を要します。この方法は伝統的ではありますが、CEOやCFOに多大な時間的負担がかかり、最も高いマーケティングコストを伴う手法だと考えています。これは銀行だけが利益を得る“壊れたシステム”だとも感じています」とデュダム氏は述べました。
一方で、SPACを利用した場合、上場プロセスは約4カ月で完了します。これにより、上場準備にかかる時間を大幅に短縮でき、経営陣のリソースを効率的に活用することが可能となります。これらの理由から、デュダム氏はSPACを選択したと説明しています。
売上高の50%に及び高い広告費
この会社の数少ない懸念点は広告費の高さです。
売上高の50%にも及び費用をマーケティングに費やしています。
この比率は売上の拡大とともに徐々に減っていくかとは思いますが広告でユーザーを買っている状態にも見えてきます。
ただ、既に記載していますが、同社のユーザーは基本的にサブスクで料金を支払っており個別にパーソナライズドされたソリューションを利用すると他のサービスへの移行が難しくなってきます。今後10年、20年と使い続けるユーザーが多くなるという未来があるのであればプロダクトのグロース期に多額の広告費をかけてユーザーを囲い込む戦略は合っているのか思います。
また、会社側は2030年までには同社のEBITDAを現在の10%を20%にする予定だと言っており、今後徐々にマーケティングコストの比率も低下していくものと思われます。
今後の事業展開予想
現在自費診療に焦点をあて、セクシャル分野から事業を展開していますが、ユーザーも年齢が上がるとともにさまざまな健康面の問題が出てきます。
オンライン診療ということで全ての整形外科、皮膚科など全ての診療をリプレイスすることは難しいかもしれませんが、それでもまだまだ拡大の余地はあるかと思います。
Amazonが中古本の販売から製品ラインアップを拡大したように、Hims &Hersも今後様々な分野に進出し、保険適用の医療分野にも進出する可能性があります。
そうなると、ユーザーのサブスク料金も上がります。また、利用が増えれば提供している薬や製品を安価に仕入れることができ、価格面でも構造的に他社より強い競争力を持つことになるかもしれません。
次に海外です。現在イギリスに進出していますが、今後英語圏からさまざまな国に展開することで売上の増加が見込めます。
以下の数値に注意
私自身は投資をしていますが、今後下記の数値に変化がみられた場合、株式を売却するかもしれません。
・売上成長率10%以下になった時
・サブスク会員数の増加率の大幅な低下
・広告費の増加
・一人当たりの月間サブスク費用の大幅な低下
具体的に何%下がったら危険などとは現時点で低減できないですが、上記の数値が著しくないときは、市場の低迷、競合他社から顧客を奪われている、同社のMoat 自体が疑わしい可能性があります。