対魔人アキ ~幻魔式無慈悲型殺陣トレーニング~
電子基板めいた鉄とネオンの砦、フクシマ県北コオリヤマ市。ここはその郊外にある旧居住区。復興公営アパート、仮設住宅、コンビニ、パチンコパーラー、全てが抜け殻。2類、3類幻魔が湧き誰も弔わぬ街の死骸に、3つの人影。長髪の女、黒いジャケットのハンサムガイ、そしてフェミニンな少年・・・アキだ。
「センセイ、今・・・なんて?」「こいつとのスパーリングでフーセンを一つも割れなかった場合、お前を娼婦としてこいつに貸し出す。三日。」
おれのメンター、飄々と喋る1類幻魔、名前はタモン。どの幻魔組織にも属さず、しかし、どの組織からも一目置かれるヤバイ級幻魔。彼女(バストは豊満である)はおれのために外部講師を招くことがある。今回のように。
「今日含めずに三日ね」「アッハイ」「幻魔を師に持つ対魔人、タモンさん、実際酔狂ですよ」というこのハンサムな男も1類幻魔。「どうも、バーンです」にやけている。頭、首、左胸につけたフーセンも相まって申し訳ないがバカにしか見えない「どうも、アキです」こんな奴の娼婦なんて御免だ
「アキ、余計な事考えるな。アドバイスしてやる、三日も色々されるのがいやならこいつを殺せ。」「エ・・・・それは殺すつもりでという」「いや、殺せ。俺はこいつが死のうが障碍者になろうがかまわん。殺せ。こいつは幻魔だ、わかるか?対魔人アキよ」
「ーーーハイ、センセイ」彼女は本音を喋っている。少なくともその眼光や声色に、申し訳なさや後悔、呵責はみじんも無かった。それは幻魔特有のエゴの片りん。おれはこれから始まる立ち合いの過酷さを悟るとともに、幻魔の畏質さを再認識し、涼しくなった。「耐型殺陣衣を着てこい。」「ハイ」
おれは対魔装束に着替えた。首から下を覆うのは、ぴっちりとした藤色のボディスーツ。「イイな、似合ってるよ。かなりイイ・・・」バーンの視線が身体の線をなぞり、羞恥を煽る。
できれば脱ぎたかった。しかしそうはいかない。摸擬戦といえど相手は幻魔。型殺陣(カラテ)衝撃を94%軽減するこの耐型殺陣衣無くしては、バッファローと裸でスモウをとるようなもの。死のリスクさえある。「タモンさん、コイツを借りてくとき、あのボディスーツも一緒にイイかな?」「ああ、汚すなよ」
アキとバーンは向かい合いアイサツを交わす。「ヨロシクおねがいします」「ああ、今後ともヨロシク」おれは既に彼のセクハラに対して動じなくなっていた。林の呼吸に加え、風の精神集中により心身の冷却はキマっていた。おれはバーンの本質を読みにかかった。
先ふぉどまでのセクハラは軽いジャブだ。挑発や問答から相手の隙を見出すのは幻魔の常套手段、ヤツのやっていたのはそれだ。そして、これから本命がくる、実際のボクシングでそうするように軽いジャブで相手を煽っておいてのストレート・・・
「はじめ」・・・合図とともに、バーンの貌から薄ら笑いが消えた
おれはかつてないほどの戦慄を覚えた、クレバスに滑り落ちていくかのような、底なしの恐怖!バーンの何も読めなくなったのだ!名状しがたい不安、どう仕掛けてくる?戦術は?戦略は?腰を少し落としたような気がするが黙って突っ立っている。何もしないのか?おれを娼婦にするんじゃなかったのか?
アキの未熟さだけがそこに露顕していた。対魔型殺陣、或いは魔界武道に精通した読者にはもうお分かりだろう、そう!これはジャノメ・タクティクスとゆわれる高度な精神戦術だ!
初めに軽口やバトウなどで基本的な挑発を行う。並の使い手ならば挑発には乗るまいと心を閉ざすが、アキのように中途半端に熟練した手合いは、達人の挑発が無意味な揺さぶりに留まらないことを知っている。それゆえ真意を探るため、感覚を研ぎ澄まして相手の深みを覗く・・・その瞬間!
「フッ・・・バーンの奴め、大人げないぞ」ヤママユめいて本来あるべき敵意を見せつける。僅かな所作、表情、目線、呼吸などから相手にそれを読み取らせるのだ。純然たる原初の敵意を!それはまさに根源的恐怖をあおる蛇の目・・・・なんたる歴戦の幻魔の成せる複雑かつ単純な戦闘用メンタリズムか!
「イヤーッ!」シャウトと共にアキが飛び掛かる!先手?否!これはショーギで例えるなら委縮したニュービーが盤も見ずにテキトーな駒をつまんだようなもの!ジサツ!「シャアッ!」「アグッ!」おお、なんたるブザマか・・・イラストレーション・オブ・返り討ち・・・・実力差は明白!
「オゴッ、カハッ」みぞおちを打たれ転げまわるアキ。「フム、ちょっと大人げなかったかな。タモンさん、私の勝ちでいいかな」「アキに聞け」「どうだねアキ君。実戦であればこの後きみは頭を踏み砕かれるか、手足をへし折られるかかなんだけど」「・・・・・・・・・・・・・まだ・・・・」
「根性あるね。シャアッ!」「グワーッ!」「シャアッ!」「グワーッ!」「シャアッ!」「シャアーッ!」「グワーッ!」あはれ・・・・これはもうリンチ。試合とは名ばかりの、一方的虐待!
「シャアーッ!」「グワーッ!」バーンが胸部を蹴り上げた!肺の中の空気がすべて押し出される!無慈悲!「ぬ・・・・う・・・・」朦朧とする意識の中、アキのニューロンはかろうじて機能を維持していた。ナゼ?最初の恐怖と、現状のダメージが比例しない・・・・その差異のいわかんに気付いたのだ。
「ゲホッ・・・・ハァ・・・ハァ・・」この試合、なにか、よくわからないが・・・・たぶん勝算がある。漠然とだが勝ち方がある。よどんだ水の中、もがくうち何かに触れたそんな感覚。これは未熟からくる楽観か?そうかもしれない・・・・そうじゃないかもしれない。
探ろう・・・・この試合、勝ち方がある・・・・!それを見つけるんだ!でなければおれは降参するまで嬲られ続ける、そしてたぶんそれを凌ぐ屈辱と恐怖を三日間味わうことになる!勝つんだ!「イ・・・・・ヤーッ!」アキ!はじめての反撃!発剄にて一歩で四歩分一気に踏み込んでの斬魔刀横薙ぎ一閃!
リンチのダメージあるにしてはかなりイイ動きだ!「シッ!」しかしバーンはやや腰を落としたままムーンウォークめいて半歩後退!斬魔刀の切っ先が首のフーセンの二センチ先を通過する!おしいっ!そう思った読者の方がおられれば型殺陣(カラテ)ニュービーと言わざるを得ない、
バーンはアキの発剄に逆らわず身をゆだね、受けたプレッシャーをそのまま神経ににつたえたのだ、直接的なストレスに肉体は脊髄反射を起こし、危険がおよばない必要最低限のきょりを本能的に逃走した。いわば動物的直観に体の操舵を任せてのオートアヴォイデンスシステム!
恐ろしきは彼の戦士としての練度・・・・その2センチには月面とすっぽんほどの隔たりがあったのだ。はたしてアキに本当に勝機はあるのだろうか?それとも三日間レンタルされてしまうのか?
後編へ続く・・・