ミシガンとナイルSS
「そいつは…よくそんなモン持ってこれたな」
G2ナイルの目は、ミシガンの持つ年代物コニャック『エウロパ』に釘付けになった。あの日の記憶がよみがえる、ファーロン武装船団の長をレッドガン総長に変えた銘酒の中の銘酒、年代もあの時の物だ、その一本でACコアパーツが買える。
二つのグラスに注がれたエウロパはまるで液化した宝石だ。透明な氷に絡みつき、煽情的なまでの輝きを放っている
「色は違うが、コイツを見るとコーラルを連想してならん」
ミシガンが言った
エウロパを一口含む。度数からは想像もつかない柔らかさと飲みやすさ、まだだ、うっかり嚥下してはならない。数秒、愉しむ。味が色となって聞こえるようだ、これは、ああ、好い酒…。ミシガン、お前はあの時もそんな難しい顔をしていたな
「ハンドラー・ウォルターがルビコンに来ている」
「そいつは大したものだな…フ、場合によってはアーキバスより注意せにゃならんか?」
「わかっていた事だ……コーラルがあるところに奴らは来る。そして、コーラルが関わると、死人が増える」
「ミシガン…もう少し味わって呑め」
「フ、そうだな」
2杯目を注ぐ
「ハークラーの事か」
「…様子がおかしかった、イグアスと同じだ。旧世代強化人間だからか…この星には本当にあるのかもしれん」
「だとしたらどうする」
「何も変わらん。仕事をするだけだ」
「…この間コールサインをやったG13も、早速空きになったな。最短記録だ。Fランクでもう何人か唾をつけておきたいところだ」
ノック音
「G6レッド!参りました!」
「入れ」
「失礼します!」
G6レッドはお手本のような規律正しさで諸々の書類を提出した
「いい感じの独立傭兵は居たか?」
「は、先日公示を出した移設砲台の破壊、これを完遂した傭兵がおります。識別名、レイヴン、と」
「レイヴン…」
「知っているのか、ナイル」
「……いや。報告書、会計類、立案書、確かに」
「では、失礼いたします」
「待て」
「は」
ミシガンはショットグラスを一つ出すと、エウロパを注ぎ、G6レッドの前に置いた
「役得という奴だ。その一杯でハーミットが3日は動けるぞ」
「あ…ぁ有難く!…頂戴します!」
「アレでは味はわからんかったか?」
レッドが退室した後のミシガンはいくらか表情が和らいで見えた
「今日はこのくらいにしておくかミシガン、一晩で空けていい酒ではない」
「…そうだな」
栓をしたエウロパは半分ほど残っている。グラスを飲み干せば、今日はお開きだ。
「お前が持っていろナイル」
「いいのか」
「いつか返してやろうと思っていた。まあ、早い方がいいだろう」
「ミシガン、俺が死ぬと思うか」
しばらくお互いの眼を見た。グラスの氷が鳴ると、ミシガンはそのグラスに目をやった
エウロパを口に含む。……旨い酒だ。鼻に抜ける香りが素晴らしい。ここから木星までどれくらいだろうか
「ミシガン、レッドガンは脆い。特に、こういった環境ではな。自社のMTもロクに降ろせん状況でベイラム流のやり方はいつまでも通らん。逃げ道は作っておくつもりだ」
「…本社の連中はどうだ」
「いつも通りだ、それが一番困るんだがな」
ナイルのグラスが空いた。報告書を流し見て席を立つ
「解放戦線の捕虜の中に重要人物がいたようだ、警護を少し見直す必要があるな」
「死ぬなよミシガン」
「死んで迷惑な度合いは貴様が頭一つ上だ、ナイル」
執務室で一人、ミシガンはグラスに残ったエウロパを呷った
吞んだ後の一服、は止めた。こんなうまい酒の後味を煙で汚すのはもったいない。
『新着メッセージ・1件』
端末を手に取ると、しばらく眺めた。コイツとももう一度くらい呑んでみたいもんだ
送り主のエンブレムが表示されている
手綱の絡まった、飼い主の腕の意匠