一人の女性がエンジニアに戻るまで ~nutsの場合~
はじめましてこんにちは。nutsです。子持ち主婦でショボめのエンジニアです。
正直これ、成功している人の生い立ちだから読まれるのであって私じゃ…ねぇ?と思いながら書いています。
いつか、”読んでみよ”って思われるように…なれるといいな
幼少期~小学生
折り紙で時計型通信機(風)を作ったり絵本を書いたりする幼稚園から、入学祝いに自分の裁縫セットを買ってもらい、雑巾やらフェルトマスコットやらを作ったりしていました。
高学年の時、弟の持つミニ四駆やエアガンを改造したくて欲しがったけど「(女の)あんたが買ってどうするの」と一蹴されました。
手芸は女の子なのに機械と木工は男の子。そういうのどうでもいい。どうやって物ができているのかにひたすら興味があった子供でした。
中学生
1年生の時"HP(ホームページ)を作ろう”という授業が楽しくて、家でHPを作るようになりました。ソフトはWindows標準メモ帳。”元に戻す”が1回しかできない鬼仕様。
内容は他愛ないワンコの生活だったのですが、掲示板(レンタル)だけどうしても他ページとデザインが合わないことが気に入らず”10日で覚えるCGI/Perl”という本を買った14歳。10日じゃ無理。
それでもApacheを構築してHelloWorldやランダムサイコロなんかを経て、拾った掲示板スクリプトを書き換える形で目標を達成しました。
この頃両親が離婚。母の金銭的負担を減らさなきゃと思い、電車賃のかからない範囲の公立高校を探しました。
唯一興味があったのが工業高校で、機械工学とプログラムが習えるなんて夢のような場所だと思いましたが「女の子はそんな所行かない」とまた一蹴されました。
スポンサーがダメと言うなら適当に高卒の資格を取ろうと自棄に。自転車で20分・偏差値低めの学校に入りました。
高校生
この頃HTMLのブラウザ間の差も減り、tableタグを重ねて配置するデザインから、HTMLを正確にマークアップ言語として使用・CSSでデザインという作りが推奨されていたため、HPを作り替えることにしました。
ついでにビーズアクセサリーをネットで販売したいと思い、ショッピングカートCGIを拾ってきて自分好みに改変。
やっぱり楽しい。一生やりたい。反対されてもやってやると思い、奨学金を借りて安めの専門学校に進みました。
2年制専門学校
Webプログラムのコースに行きました。女3人男37人。
入学半年後に基本情報処理技術者、翌4月にソフトウェア開発技術者を取得。ストレートで取ったのは私ともう一人だけ。基本情報の午後試験は満点。そのくらい成績が良かった私に、クラスの子が言った台詞が忘れられません。
「やっぱ女子はプログラムとかできないよね。俺正直nutsさん以外の女子全然できると思えないもん。」
私は女だが。
女だからミニ四駆ダメで、女だから機械工学ダメで、女だからプログラムできない。何でそんな生まれた瞬間人生決めるようなこと言われなきゃいけないんだろう。悲しい。
就職
卒業間近に同棲することになり、家を出ました。
私の職場は研修がなく、電車とバスで1時間の会社に出向。仕事楽しい。でも毎日毎日、頭痛がひどい。乗り物酔いも手伝って週1〜2回吐いていました。首に冷えピタを貼り。頭痛薬はもはや効かず、病院でも原因不明。(後に眼精疲労と判明)
毎年6月ごろから夏バテで食が細くなるけれど、その年はちょっとひどく、吐く回数が週3〜5に。3か月で既に体が限界ギリギリでした。
あんなにプログラム大好きで、得意で、向いてると思ってたのに…。
妊娠・結婚
そんな折、妊娠が判明。就職前は当然のように”子供を産んでも仕事をする”と思っていました。
でも就職後から続く頭痛と嘔吐。6月の嘔吐の原因は悪阻だけれど、その前は違う。なんで??20時にふらふらで家に帰って子供のお世話なんかできるの?そもそもその時間保育園開いてない
彼にも一応「どちらがシュフやる?」という話はしたけど、正直体がつらい。仕事と家庭の両立どころか産休まで働けず、仕事を辞めました。
なんて親不孝。奨学金をギリギリ返済して、この時点で身体も心も自信も銀行残高もボロボロです。
最後の出勤日、上司が「プログラムには経験ではどうしようもない勘みたいなものがある。nutsはそれにすごく長けているからやめるのが惜しい。またいつか仕事に誘ってもいい?」と言ってくれた言葉にすがり、携帯の番号とアドレスをずっと変えずにいました。
結局その後悪阻はどんどん悪化し体重は9kg減(164cm39kg)、いっそ殺してくれという日々を越え、女の子を出産しました。その後実家の近くに引っ越し、3年後に男の子を出産。
良く「悪阻でも頑張って仕事して〜」なんて話がありますが、私には絶対無理です。何度やり直せても無理。
諦め~転機
学生の頃”システム業界の中途採用は35歳が限界”と言われていました。幼稚園の迎えは遅くても17時30分。やはり入学までは待たなきゃ…でも下の子が入学するころにはもう30歳になってしまう。
プログラムができなくなるのが怖くて自分のHPをPHPに変えたりしていたけど、面接で「何ができますか?」と聞かれたとき…そんな独学の知識で私はどう答えられるんだろう?諦めるしかないのか…と、簿記を取って近所で税務をしていました。…でもプログラム書きたい。そんな思いが消えず、ずっと悩んでいました。
そんな息子卒園間近の1月。なんと10年ぶりに酔った上司から電話がかかってきました。「子供落ち着いた?仕事しない?」…全然落ち着いてないけど行く。行きます。帰宅の時間とか学童とかそんなの何も考えずに受けてしまいました。
念願のプログラマ
やるとはいったものの都内でフルタイム出来るのかな…と思っていた私。でも提示されたのは9時半~15時半・週3〜4。子供が病気になれば家で仕事して構わないという好条件でした。
担当した案件はとある会社の請求管理のシステム@C#。仕様書なし。コーディングは98%私が担当。ページが増えればデザインも仕様も丸投げ。
…楽しいです!大好きなプログラム!サーバーサイドもフロントエンドも全部私!丸投げされたページを勝手に作り上げて見せたらとても喜んでくれて、チップをくれました。本当に楽しい(〃´∪`〃)
でも片道2時間、10時間拘束後の家事、ちょっと辛い
そもそも一人作業なので打ち合わせの日以外は一言も話すこともない仕事。それでも”お金をもらっている以上わがままを言ってはいけない”という意識から、毎日往復に4時間かけていました。
コロナ到来
皆さんご存知のあの3月。コロナという行かない理由ができたことで、4か月に1度の打ち合わせ以外在宅勤務になりました。
そして時は金なりという言葉を痛感。
主人も在宅になることで家事の負担も激減。主人と仕事の話も増え、家族の時間も増え、余った時間で勉強もし始めました。
コロナが落ち着いた頃「そろそろ毎日来ようか」といわれましたが、思い切って顧客と上司に相談。通勤時間だってお金です。もし私の通勤時間に時給が発生するなら通勤させないでしょう?被雇用者がその損失を被るのが当たり前なのはおかしいです。結局打ち合わせ以外在宅で構わないということで落ち着きました。
今は本職の他に近所のスクールで子供たちにプログラムを教え、休みの日には趣味で開発をして、自由業のようにゆるぬる働いています。まだまだ、たくさん稼げるわけでもないし成功してるとも言い難い、ただの主婦です。でも子どもたちとの関わりもしっかり持てていて満足しています( *´꒳`* )
主婦&&(!都内) == キャリア||家庭
ある日ひょんなことから女性エンジニアの集まりを知り、参加させていただきました。私を苦しめた”女”という性別と、”男みたい”なプログラムの仕事。なんだこんなにいるじゃない。でもそこの自己紹介を見ていて、LTを聞いていて、不安と焦りが募ります。
「女性だってプログラマできる!」と言う彼女たちは、多くが子供を持たずにフルタイム勤務、都内在住、或いは出産前に立派な仕事をしてきた方ばかりでした。
その会の幹部の方が「家庭を欲しいと思っていたがもう30代後半」と仰っていて、あぁやっぱり家庭orキャリアは覆せないし、キャリアが欲しければ家庭より前だよなと感じています。
"下の子が入学したら働ける"と思っていましたが、実際には小学生の預け先が意外になかったり、何だかんだ学校から呼ばれたり。フル出社だったら無理だなと感じる事が多いです。
そしてやはり、私が仕事に時間をかける分子供達は送迎の要らない習い事しか出来ないとか、夕飯が遅くなるとか、しわ寄せが子供にいくことも実感しています。
もしかしたら"忍耐力がない"、"情けない"、或いは"甘い"などと思われるかもしれませんが、フルタイムで出社は難しいなと思っています。
おわりに
きっとこの業界、家で働くというのは昔から無理ではなかったはず。でもコロナ渦の今になってやっと少し選択肢に出るようになりました。もっと…12年前から選びたかったです。
前からあってほしかった。けど、妊娠で通勤できないときだって、その後だって”自分だけ在宅だの時短だの、休みたいだの、それは甘えだ”と、私自身声を上げたことがなかったです。
これから先の時代には、男も女も家でできる仕事が選べる。女だけが妊娠・出産で色んなことを変えて、諦めなければいけないなんてことのないように、そのために声をあげられる…もっと言えば、勇気をもって声をあげる必要すらないような世の中になるといいなと、切実に思います。
コロナをきっかけに変わり始めているけれど、まだまだ…。フルタイムで働けなくてもブランクがあっても雇って欲しい。いくらでも頑張って役に立てるようになるから、その取っ掛かりのチャンスを掴めるようにしてほしいです。完全在宅とまで言わずとも週1の出勤にするだけでどれだけの家事がはかどることか…どうかどうか、変わっていきますように。