あまりお手本にしたくない人だ。"The Lady in the Van"
"The Lady in the Van"(邦題『ミス・シェパードをお手本に』)は、トニー賞を受賞するなど英国を代表する劇作家アラン・ベネットによる実話をもとにした舞台劇だ。
これをニコラス・ハイトナーが監督した2015年の映画より。主演はミネルバ・マクゴナガル先生あるいは「天使にラブ・ソングを…」の厳格な修道院長ことマギー・スミス。
物語は、1970年代から1999年にかけてのロンドンを舞台とする。アラン・ベネット(演: アレックス・ジェニングス)は作家で、彼の住む街に奇妙な女性、ミス・シェパード(演: マギー・スミス)が自らの車を路上に駐車して住み着くという奇妙な出来事に遭遇する。
ミス・シェパードは、元の車の故障から始まり、そのまま数十年にわたって路上駐車、車の中で生活する。アランは最初はこの変わり者を避けるようにしていましたが、やがて彼女と交流し始めまる。会話の中で、彼女の奇妙な行動や過去の秘密が次第に判明していく…。
当時の予告編はこうある:「ちょっぴり偏屈で」「とっても自由気まま」「彼女の秘密とは…」「ユーモアたっぷり、ちょっぴり切ない感動作」
実物はこうだ:「未だに大英帝国の栄光を信じてやまない程度に偏屈で」「他人の迷惑に構わず身勝手」「(じつは秘密は大したことない)」「ブラックユーモア満たっぷりの傑作」
とあるように、ミス・シェパードは、あまりお手本にしたくない人間だ。むしろこう思う、「こんな人間が実際近辺にいたらどうしよう」と。
マギー・スミスは「厄介で普通なら触れるのも躊躇うような人間」を板について演じている:ミス・シェパードを最初は他人事と笑ってられるが、次第に「こんなのがそばにいたらどうしよう…」と腹立たしく思えてくる程に。
どんな性格であるかは、下記の台詞にすべて現れていることだろう。ああ言えばこう言う、めんどくさい婆。
もちろん、観客に「不快な隣人」というリアリティを感じさせることが、アラン・ベネットのねらいだろう。成功。
ミス・シェパードの振る舞いにどんなにウンザリさせられても、最後まで見入ってしまうのは、やはり「ちょっぴり切ない」ペーソスが底に漂っているからだろうか。
15年が経てば、近所の顔も変わる。ミス・シェパードの足腰にはガタがくるし、自分のナニの始末も出来なくなる、それでも気張ってベネットとの奇妙な同居生活を続ける。他所へ引っ越しを目論もうが、老人ホームに入ろうが、結局ベネットの家の駐車場に戻ってきてしまう彼女の姿には、哀感が漂う。
しかしある日、「デイ・ケア」程度ならと、頑なに断っていた福祉施設の説得に折れる。一風呂浴びて、身だしなみを整える。
すっきりしたところで、「神の道に逸れるもの」と頑なに禁じていたピアノを弾くことを、自分に許す。思う存分弾いて、駐車場に帰ってきたとき、彼女の顔はどこか晴れやかだ。
その晩、彼女は静かに息を引き取る:身を清めたからこそ、天国の門に無事に迎い入れられたのかもしれない。
宣伝にだまされてはいけない。あらすじにだまされてもいけない。
その実態、私から言わせれば、「もしこんな隣人がいたら、というてんやわんやの黒い笑い」と「ちょっぴり訪れる信仰心」である。
共感できるかできないか、ではなく、どのように本作をとらえるか。観る者を試してくる、そして観るたびに印象を変えるのは間違いない、みごとな舞台の映画化だ。