まるで夢のない宇宙旅行。それが「アド・アストラ」。
「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」が巷を賑わすのと同じ頃、ひっそりと公開され、ひっそりと公開終了したブラピ主演のSF映画だ。
これはガンダムでいう「宇宙世紀」。人類が地球上での戦いを宇宙にも持ち込んでいる時代。だから、宇宙を旅するワクワク、ドキドキを期待してはいけない。SF映画の本家ハリウッドが、醒めた目線で、宇宙への夢を語りなおす。
近い未来。ロイは地球外知的生命体の探求に人生を捧げた父を見て育ち、自身も同じ道を選ぶ。しかし、その父は探索に旅立ってから16年後、地球から43億キロ離れた太陽系の彼方で行方不明となってしまう。その後、エリート宇宙飛行士として活躍するロイに、軍上層部から「君の父親は生きている」という驚くべき事実がもたらされる。さらに、父が太陽系を滅ぼしかねない通称“リマ計画”に関わっているという。父の謎を追いかけて、ロイも宇宙へと旅立つが…。
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キャスト**
ロイ・マクブライド:ブラッド・ピット / H・クリフォード・マクブライド:トミー・リー・ジョーンズ / ヘレン・ラントス:ルース・ネッガ / イヴ:リヴ・タイラー / プルイット大佐:ドナルド・サザーランド
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スタッフ**
監督・脚本・製作:ジェームズ・グレイ / 製作:ブラッド・ピット/デデ・ガードナー,p.g.a./ジェレミー・クライナー,p.g.a./アンソニー・カタガス,p.g.a./ホドリゴ・テイシェイラ,p.g.a./アーノン・ミルチャン / 脚本:イーサン・グロス / 撮影監督:ホイテ・ヴァン・ホイテマ
宇宙の果てまで、(監視が)行き届いた生活。
単純化すれば、これは地球から太陽圏の境界を目指すロードムービーである。
周囲がボロボロ死んでいく中で、最終的に、ロイ一人だけが生還することとなる。ロイが道中で目にするものを、書き起こしていこう。
軍の命令を受けて、ロイはまず月へと向かうシャトルに乗り込む。ジェットプレーンと同程度の手軽さで地球と月が往復できる時代。
チャレンジャー号やコロンビア号が活躍していた頃の狭い機内&不安定な挙動は昔の話だ。リクライニングの効いたふかふかのシートがデフォルトだし、125米ドル払えばブランケットとピローがレンタルできるサービスまで行き届いている。
次に、月にたどり着いて目にするのは、「月上陸」記念写真用のプラカード、SUBWAYの看板、地球圏と変わりない生活を送れる「行き届いた環境」だ。
基地の外、月面では資源を巡って国家間の争いが繰り広げられている。
かつて大西部のガンマンたちは、馬で野を駆けライフル銃を撃ち合っていたが、ここ、月の荒野では、月面車に乗ってレーザーガンを撃ち合う。
月の裏側にある米軍基地から極秘に打ち上げられて、ロイは火星へと向かう。
旅の途中でノルウェーの宇宙船と遭遇する。
無人なのを怪しんで探索してみると、中には薬物を投与され獰猛化したマントヒヒが:人目の届かないところに、かつて地球圏で行われた薬物実験が持ち込まれている。
ロイひとりがたどり着いた宇宙軍極秘の火星基地。
基地内の安息室は、「ソイレント・グリーン」よろしく四方のスクリーンに地球の映像が流れる様になっている。レッドプラネットでも、青く清浄なる世界を忘れさせない、行き届いた生活。
ここまで見て分かるのは、かつて未知で自由だった宇宙は、いまや「地球中心の秩序」に塗り替えられている、ということだ。
ロイの動向が絶えず軍によって監視されている描写からも、それがよく分かる。
不詳の息子で、すいません。
この世界観でブラピが演じるのは、おおよそこの手のドラマには相応しくない、自分に自信のない「不肖の息子」だ。
だから感情を表に出すのが苦手:自分の思いをうまく伝えることができない。彼の考えていること、そのほとんどがモノローグによって劇中語られる。
「いついかなる時でも冷静に」という宇宙飛行士のあるべき姿と「父親・クリフォードが罪を犯そうとしている」という動揺する他ない事情に挟まれて、
自分のあるべき姿はなに? と彼は、苦悩する。
地球から遠ざかるにつれて、彼の苦悩はますます深くなる。
The zero G and the extended duration of the journey is affecting me both physically and mentally. I am alone. Something I always believed I preferred. I am alone. But I confess it's wearing on me. I am alone. I am alone.
彼が「地球中心の秩序」から遠く離れていくことも、精神状態に影響している。
母なる地球の重力に魂を引っ張られている:それは中央司令部の命令を第一に動く宇宙飛行士に欠かせない能力。
そんな彼が太陽圏の外を目指すのは
In the end, the son suffers the sins of the father.
ただ、父の罪を償うため。それ以上でもそれ以下でもない。
子は父と交わることなく母のもとに。
海王星付近、太陽圏のほぼ外周までたどり着いて、ようやくロイはクリフォードに再会する。
息子は父親から真意を聞き出す。地球外生命体の痕跡の調査を主目的とするリマ計画を失敗という形で終わらせたくなかった:だから地球にコンタクトを取らなかった、のだと。
方や、息子は「地球に戻る」と頑として譲らない。
だから父と子の再会、本来なら感動できようが、根本的な所でふたりは交わることはない。
H. Clifford McBride: We need to find what science tells us is impossible. I can't have failed.
Roy McBride: Dad, you haven't. Now we know. We're all we've got.
未知の世界への大航海を目指す父と、
「地球がいちばん!」と離れられない息子。
最終的に、息子は地球を選ぶ。つまり、「父殺し」という結果を生む。
地球に生還したロイが語る最後のモノローグを引用しよう。
I'm steady, calm. I slept well, no bad dreams. **I am active and engaged. I'm aware of my surroundings and those in my immediate sphere. I'm attentive. I am focused on the essentials, to the exclusion of all else. I'm unsure of the future but I'm not concerned. I will rely on those closest to me, and I will share their burdens, as they share mine. I will live and I will love.**
ブラピの外見に騙されてはいけない。この台詞から「人格」を失った人間というものを読み取れないだろうか。
それはちょうど「1984年」における101号室を体験したスミス、または
「時計仕掛けのオレンジ」における治療後のアレックスと同じように。
ニュータイプよろしく新たな可能性に目覚めることもなく、地球の重力に魂を引っ張られた凡人となって、終わる。
彼の動向は絶えず宇宙軍によって監視されている。それは、心理テストで絶えず思考をチェックされる。「いついかなる時でも冷静に」という宇宙飛行士にかくあるべき要件が、彼の背中に重くのしかかる。