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子供を1人の人間として尊重する
「今のママでゆるぎない自身を手に入れる」という本を読んでいて、子供が小さい時に心がけていたことについて思い出しました。
そして、高校生になった息子への接し方を見直そうと思いました。
子供を一人の人間として尊重する
私が子育てをするのに心がけていたことは
「子供のことを自分の一部のように扱わない。そして1人の人間として尊重する」
ということです。
自分の一部として扱ってしまうと、子供が私の思い通りに行動してくれないと、イライラしてしまいます。しかし、一人の人間として扱うように意識するだけでイライラせずに、穏やかな気持ちで子供に接することができたのです。
「早くして!」は本当に必要?
「早くして!」
これは、子供のことを待っていてあげる余裕が無いといに出る言葉です。
最初は「もう少し急ごうね」がだんだん「もう、早くして!」と、お着替えを頑張っている子供の気持ちを尊重せずに、手伝ってしまいます。
でも、よくよく考えてみると早くしてくれなくても、それほど困ることはないのです。
ただ、自分の些細な都合を優先して、自分の一部と考えて子供を自分の都合のいいように従わせようとしているだけだったのです。
洋服を汚すのも、着替えさせたり、洗濯物が増えたりするから「汚さないで」と言ってしまう。
子供は汚さないなんて無理なのに・・・
これだと「オムツが汚れるからウンチはしないで」と言っているようなもの。
「子供は洋服を汚すもの、汚す権利がある」くらいに認めてあげると、「そういうものか」と諦めもつきました。
子供がジュースをこぼしてしまったら仕方ないと思えるか?
子供がコップのジュースをこぼしてしまったときも、子供を1人の人間として認めてあげることは役に立ちました。
もし自分がこぼしたときは、そんなに自分のことは責めないはずですし、大人の友人がこぼしたときには、拭くのは手伝うけれど、こぼしたことを責めることは無いはず。
好き嫌いが多いから、我慢させてでも食べさせることも、自分にはしないはず。
その時々によって、自分の一部と考えたり、自分とは違う未熟な人間と考えたり、都合のいいように解釈していました。
子供には失敗する権利がある
子供が失敗しないように、先回りして注意をうながしたり、準備してしまっていました。
余計な洗濯、片付けが増えるかもしれない
でも、失敗するチャンスを奪ってはいけないと思うようになりました。
手のひらの上で子供を転がしているイメージです。
失敗すると判っていて手を出さない、声がけしないことは、慣れることはありませんでした。
今でも高校生の息子にも「(将来のために)勉強しなくていいの?」とつい言ってしまいます。
でも我慢です。
人は痛い目にあわないと、学ばないものと思い、言いたくなるけど我慢です。
後悔は無くはないけど、勉強してこなかった自分も何とかなっていますしね・・・
大人にもその対応をする?
公園に行ってママ友との会話が済んで、子供に「さあ、そろそろ帰るよ!」子供はもっと遊んでいたいとグズります。
「ご飯つくらないといけないんだから、ほら帰るよ」と何とか自分に従わせようとします。
でも、自分が逆の立場になったならグズるはずです。
居酒屋で友達と楽しく飲んでいたら、急に「さあ帰るよ」と言われたら、怒りすら湧いてくるかもしれません。
子供だって、楽しく遊んでいたのに、何の前触れもなく「帰るよ」って、大人あいてにだったら絶対にやらないはず。
でも自分の子供には平気でやってしまう。
僕がやっていたのは、公園の時計を指さして「長い針が6になったら帰るからね」と最初に(ここポイントです)言っておくことです。そうするとこちらが時計を気にしなくても、子供が帰る時間を教えてくれるようになります。
「教えてくれてありがとう!」と言えば子供は喜ぶし、数字や時計の見方も知らない間に覚えてくれました。自己肯定感も高くなりますしいいことだらけでした。
子育て本に載っていることを自然にやっていた
子供は、自分の子供だけど、自分とは違う存在なんだから、自分の思い通りにならないもの。だから一人の人間として認める。
そうすると子供が泣き叫んだとしても「泣き叫びたいんだね」と一人の人間として認めてあげられるようになると、親も子供も心がフッと緩むような気持ちになれます。
図書館に子供を連れていきながら、子育てに関する本を読んでみると、子供への接し方について、こうやるべき、こういうようにすれば良い的なことが何項目か書いてありました。
これ読んだとき「ほとんどやってるじゃん」て思いました。
やっていたのは、ただ「子供を1人の人間として認める」を心がけていただけです。
明日から変えてみようと思う
息子も思春期になり、小さな子供と接するようにはいかなくなりました。
ほんの3,4年で子供が急に大人になってしまったことに、親である自分がついていけてないんだと「今のママでゆるぎない自身を手に入れる」を読んでいて感じました。
「息子のため」と言いながらも、自分の価値観にはめ込もうとしていました。
世間でいう反抗期的なことはあまり感じませんが息子への接し方も、
「自分の息子だけど、息子は自分とは違う存在」
「息子は息子だけど、1人の人間であって1人の大人」
この考え方を常に頭の隅においておくと、こちらの態度や言葉も自然と変わるかなぁ
「自分の息子だけど、息子は自分とは違う存在」
「息子は息子だけど、1人の人間であって1人の大人」
家族としてのルールは守らせないといけないけれど、1人の大人として接する。接し方、急に変えたら変に思うかな?