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埋め立てられた川と橋があった場所(油堀川その2)
前回、富岡橋の親柱を撮影した日、そのまま高速道路下を木場方向に向かって歩きました。首都高速9号深川線は箱崎JCTから辰巳JCTまでの路線ですが、散歩は油堀川があった木場公園手前(三ツ目通り)までです。高架橋の下は遊歩道として整備され、橋が屋根となって雨でも濡れずに歩けます。(ただし途中の道路で途切れるので、途中途中で横断歩道を渡る必要があります。)
これは油堀川公園の内側から清澄通り方向を観た景色。道路を渡って高速道路の高架橋沿いに歩きました。富岡橋の親柱はこちら側からも見えるのですが橋銘板は裏側にあるのです。
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高架橋下の遊歩道。深川公園辺りで、右手奥に見えるのは深川不動堂です。
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道路で遊歩道が途切れたところにあるのが、油堀川に架けられていた和倉橋の親柱です。橋があった場所に近い交差点に橋の名前が残っていることが多いですが、この親柱の北側にも和倉橋交差点があります。
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道を渡った後、富岡八幡宮にぶらっと立ち寄り。
これは横綱力士碑です。
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こちらは木場の木遣りの由来碑。背中を向けて立っている像は富岡宮司寿像(18代宮司)です。
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その先の八幡堀遊歩道。こちらももとは八幡堀という堀でした。現在は埋立てられて遊歩道になっています。
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この遊歩道には八幡橋という鉄橋としては日本最古といわれる橋があります。元は中央区にあった楓川に架けられていた弾正橋で、震災復興計画により廃橋となったものが昭和4年に富岡八幡宮の東側の八幡堀(油堀の支川)に移設され、名前が八幡橋となりました。国の重要文化財です。
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重要文化財だけあって橋のことは詳しく書いてあるのですが、八幡堀のことはほとんど書いてあるものがありません。江東区で発行している文化財情報誌で調べたところ、油堀川と同様に木場の移転および首都高速9号線の建設により埋め立てられたとのこと。江東区の資料によれば八幡橋はもともとは木製の床板だったのを昭和38年に鋼製床板に変えられているそうです。(この間入手した「江東のいまむかし」に昭和30年当時の写真が掲載されています。)
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6月1日に再び足を運びました
そして同じ遊歩道で保存されている旧新田橋。護岸工事により平成14年に架け替えられ、オリジナル橋がこちらに保存されています。
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悪目立ちして橋が見にくくなっていて
気の毒でした。
保存って残してあればいいってもんじゃないような。
ちなみに旧橋はここにあったものです。現役の橋は赤い色をしているそうです(すみません、ここはまだ訪れていません)
散歩がちょっと横道にそれたのでここで軌道修正。また高架橋の下に戻ったのですが、この先は橋を渡る必要があるので、高架橋の真下ではなく高速道路の木場出口と並行の道路を通って三ツ目通りに出ました。
その道の途中に出て来た橋たちです。
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そのまま歩いて三ツ目通りに出ました。そこから右折して木場五丁目交差点でまた右折、永代通りを少し門前仲町方向に戻る感じで進み、深川線の高架下に移動しました。下の写真は木場橋から深川線高架橋と木場出口の道路を撮影した写真ですが、水路(木場親水公園)の先で高架橋が真上に重なります。その辺りは埋め立てられて自転車置き場になっています。
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その永代通りの歩道にこんな表示があります。
木場親水公園になっている水路はもとは大島川東支川で、仙台堀川と大横川を結ぶ水路でした。そこに架けられていた橋がいくつかあり、舟木橋は永代通りに架けられた橋だったのです。平成14年に老朽化により撤去したと書かれています。多分撤去前に通ったことがある気がするけど覚えていません。
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下は木場親水公園の案内図です。おそらく図に書いてある橋が大島川東支川に架けられていたと思われます。
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次回は逆側、清澄通りから隅田川に向かって歩いた記録です。
6月7日:高架橋下の遊歩道と和倉橋由来と親柱の写真を追加しました。