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堕天使《短編》

冷たい雨が降っていた
君はずぶ濡れになりなっている
それでも泣いているのが分かる

俯き加減で、それでも
下から私を真っ直ぐに見ている。

君は、滴り落ちる雨に濡れた
脚をゆっくりと私に向い
両の手くびを合わせて
私の目の前に差し出して

『かたく縛って下さい』と言う。

私は、黙って彼女の肩を抱いて部屋に招き入れ
洗いたてのバスタオルを渡した。

なんの躊躇いもなく濡れた服を脱ぎ
背中を向けて濡れた髪を拭く

私は、彼女の後ろ姿を他人の様に観て
引き出しの中にトグロを巻いたロープを手に取る

彼女の背中が察した。

『そう、それで私の自由を奪って欲しい。
それが出来るのは貴方しか居ないし…
それを私が許せるのも貴方だけなのです』

ストーブの薪が、
コトンと崩れ落ちて
火の粉が美しく舞う。

私は、部屋の真ん中に
一脚の椅子を置いて言う。

『この椅子はね、ドイツに行った時に見つけたものでね。特別に中に入れて貰った古城で見つけた椅子でね。窓から太陽の光線は、真っ直ぐに、この椅子を照らしていてね。どうしても欲しくなってしまったんだ』

彼女は、暫くの間その椅子をじっと見て…

『はい、とても美しいです』

と一言だけ口にした。

『座ってみるかい?』

彼女は、コクンとひとつ頷いて
ゆっくりと椅子に近付き
背もたれの曲線を撫でてから腰掛けてから
私の方へ視線をおくった。

それは、一枚の絵画の様だった。
フェルメール、モジリアーニ、ピカソ、クリムト
私の脳裏で描かれた少女たちがコッチを向いて笑った。

私は、椅子に座る彼女の目の前に膝まづいた。
女王陛下に頭を垂れるように。

そして、まだ雨に濡れて冷たい足をつかんだ。

椅子の脚は、彼女の
脚のカーブに合わせるかの様だ。

中世につくられたその椅子は
遥なる長い年月、この瞬間を
待っていたかのように思えた。

ロープで彼女の脚を縛り付けると
それは、まるでひとつであったかの様だ。

両脚を縛りつけ終わると
彼女は、私の目をじっと覗き込んで
無言で、今度は腕を…とせがんだ。

肘掛けもまた、
主が現れた歓喜を無言で感じている。

ロープは僅かに彼女の腕に喰い込んだ。

『やっぱり貴方でした』

彼女は、自分が放ったその一言が
また、自らの耳に届き
脳から全身の細胞のひとつひとつまでに
その悦びを伝える様だった。

私は、煙草に火を付けて
大きく一つ息を吐き
座り慣れた椅子に腰掛けて彼女を眺めた。

ストーブの炎のオレンジ色が
彼女の美しさを一際際立たせた。

彼女は、少し目を伏せて
『壊して欲しいんです』と弱々しく呟き

『それは、貴方にしか出来ない』と強く放った。

堕天使が自らの罪を罰して欲しいと望んでいる。

なら、私は何者なのだろうか?
雨の中、私の目の前に突然現れて
突拍子もない願いを私に言い放ったのだ。

それでも、それはまるで予定調和の様に
何処までもしっくりとしている。
刻一刻、完成間近のパズルのピースが
埋まっていく様な、そんな感覚だ。

堕天使が犯した罪に罰を与えることが
神から与えられし私の天命なのか。

『壊して頂けますね』

手脚を拘束され
自由を奪われることを自ら望み
罪深き私の行いに罰を与えよと

煙草の煙に眉を潜めながら
引き出しの中のナイフを取り出し
彼女の目の前に私はもう一度ひざまづいて
彼女に一枚残された下着に刃を入れた。

最後の一枚を剥ぎ取られた瞬間
彼女は、一筋の涙を流した。

儀式は、静かに始まりを迎えた。

堕天使
作/SoulFlower Kamuy

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