落合陽一・魔法使いの研究室 vol.1「光」
今朝のメルマガは、メディアアーティスト・落合陽一さんの新連載をお届けします!その名も「魔法使いの研究室」。筑波大学の助教にも就任した落合さんの最新の研究・関心事を追いかける連続講義シリーズです。初回のテーマは「光」。人類はこれまで光をどう扱ってきたのか、そして来るべき「魔法の世紀」に、私たちにとっての「光」とはどういう存在になっていくのか。その歴史と展望を解説します。
落合 落合陽一です。本日付で筑波大学の図書館メディア研究科の助教に着任になりました。デジタルネイチャーという研究室を始めます。それと同時に、PLANETSの方でもニコ生での授業をはじめることになりました。名づけて「魔法使いの研究室」。今日はその第一回目ということで、テーマを「光」とさせていただきました。
まず今回は「光ってどういう起源を持っているの?」とか「光と人類はどんな関係性を保ってきたの?」みたいな話をしながら、最終的には最先端の研究を紹介することで、僕の研究テーマに関わる、従来の光の認識に関する研究や芸術の文脈をこれからどうやって乗り越えていけるかという話をしていきたいと思います。
さて、そもそも光ってなんなんでしょうか? この授業は公開授業のかたちをとっているのでたくさんの生徒が実際に来てくれているのだけれど――せっかくだしいろいろ質問してみようかな。みなさんは「光」という言葉でどんなものを思い浮かべますか?
生徒1 えっと、レーザーとか……。
生徒2 ライトとか……?
生徒3 希望です!
落合 いいっすね、希望(笑)。確かにその通りで、みなさん間違ってないです。俺の場合、光に関してまず思うのは日本語の「光」という漢字のその象形文字としての完成度の高さについてです。
落合 この「光」という漢字は象形文字として非常に優秀です。例えば、絵としては「燭台」に見えますよね。理系の学生ならLEDに見えるかもしれない。あるいは、上の部分ならば物理の授業によくでてくる「光の反射の図」に見えますよね。こんなふうに考えてみると、われわれ日本人は「光という言葉」と「光という現象」が直接結びついている稀有な人種だと言えるかもしれません。それってすごく面白いことで、ものや意味に形をもたせているということは概念を直接絵で描けるということですよ。俺はこれって僕ら日本人が西洋人に対してかなり有利なことだと思っています。
落合 さて、そんな象形文字としての「光」の起源って何でしょうか。中国語の辞典とかをパラパラめくって見ると「火族」って書いてあることがわかります。つまり、「光」という文字は松明を持った人間からきているんです。下の部分が人で、上の部分が松明をあらわしています。
落合 イメージとしてはこんな感じですね。……ちなみにこれは『DARK SOULS』というおそろしく人間をいじめるゲームなんですけれども、これについて語るとちょっと長くなりそうなので、気になった方はぜひググってみてください(笑)。人間性を捧げるゲームです。
要するに、穴蔵の中で松明を灯している人から、光という概念が生まれました。そしてその真っ暗闇の洞窟の中に光を灯して、人類が何をやりだしたかというと、絵を描きはじめました。紀元前1万3000年前ぐらいのことです。
落合 さて、これはどこで描かれたでしょう?
生徒 えーっと……わかんないです。
落合 実は左下に書いてあるんだけどね(笑)、これはフランス南西部の「ラスコー」という洞窟にある、人類が描いて残っている中で、最も古い絵と言われています。これ、狩猟の絵とかが描かれているんだけれど、要するに「今日何があったか」ってことがひたすらに描いてあるんですよね。日記みたいなものかもしれません。人間が農耕や狩猟などの協調作業をするためにはイメージの共有が非常に重要です。そういうイメージの共有のために、こういった絵を描いたんじゃないかなぁと思います。
落合 あるいは絵巻物ってみなさん知っていますよね。あれ右から左にストーリーが流れていくフィルムのようなものだと思うんですけれども、それを何に使っていたかというと、バッと広げて「俺は合戦で勝ったんだぜ!」とか「カエルの妖怪がこんなことをした!」という、時間ベースでの情報を語っていたんです。
ラスコーの絵画や絵巻物からわかることは、われわれ人類は昔から「空間と時間をどうやって記録し、他人に伝えるか」ということを非常に重要なテーマにしていたということです。そしてそのための方法が、歴史とともに変化してきました。まずはじめに「写実的な絵を描く」という時代を終わらせたのが、写真技術の台頭でした。16-18世紀のことです。
落合 さてさて、この絵の機械はなんでしょう?
生徒 遠くのものが近くで見える……もの?
落合 まあ、合ってるといえば合ってるね(笑)。これは「カメラ・オブスキュラ」という、光の反射を使って外の景色をあのテーブルに映す機械です。まあ、単に映るだけなんですが、当時の人からすると「うわ、外の景色がテーブルに映っているよ、やべえ,魔法だ」って感じで、衝撃的だったのだと思います。
ただ、このカメラ・オブスキュラでは、このテーブルの空間のイメージを写しとろうと思った時に、映像の上から手でなぞって描いていたんですよね。完全にオートマティックに転写されるのは19世紀初頭のことで、現存する最古の写真はジョセフ・ニセフォール・ニエプスという人が撮った「ル・グラの窓からの眺め」という写真で、1827年のことでした。
こうした写真技術の登場、光景を「転写」できることは思いのほか重要だったりします。なぜなら、それによって人類は「直接見ている世界」と「映っている世界」をはじめて分離することができたからです。それまでのわれわれの世界認識というものは、単に頭の中にあるイメージでしかありませんでしたが、それを直接頭の外に持ち出すことができるようになったのです。
そしてそのあとに起こった変化というのは、その外にあるイメージを「動かせるようになる」という、映像技術の誕生でした。18-19世紀のことです。
落合 この左の画像のやつはなんでしょう?
生徒 映画を映す機械でしょうか?
落合 おー、近いね。これは幻灯機って名前の機械ですね。あの真ん中の部分に紙芝居みたいに静止画を差し込むと、絵が壁に映る仕組みになっています。右の画像のやつは見たことある?
生徒 隙間を覗くと絵が動いているように見える、あの……。
落合 それそれ、ゾードロープってやつです。こいつをコマみたいにくるくると回すと、ここに描いてある馬が走って見えるんですよ。そういうわけで、この幻灯機とゾードロープを組み合わせて発明されたのが「映像」というものでした。20世紀のことです。
落合 映像の登場によって何が起こったかというと、人間の持っているイメージを恣意的に他人に伝えられるようになりました。そういうわけで、映像技術の発達とマスコミの誕生を考えると面白くて、偉い人が「俺はこう思う」って言った映像を、遠くにいる大量の人に届けることができるようになったんです。だから、20世紀、つまり「映像の世紀」というのは、映像の力によってひとつの考えが全員で共有されるような時代でした。
これまでの話にもあった通り、「時間と空間をどうやって記録し、他人に伝えるか」というのは、われわれ人類の究極目標でした。そんな中で登場した映像という装置は、空間にある光を時間ベースで記録できたんです。これはかなり画期的なことでした。絵巻物を並べて語っていた時代からはじまり「映像の世紀」に突入した瞬間、このイメージを使った伝達文化はある種の究極形をむかえてしまいました。
そして時を同じくしてもう一つ、20世紀には重大な発明があったことを忘れてはいけません。
落合 さてさて、これは何でしょう?
生徒 パソコン……ですか?
落合 うん、ほとんど正解っすね。これはMITにかつてあったTX-2という名前のメインフレームって機械で、要はばかでかいコンピュータのようなものだと思ってください。で、画像の彼が右手で描いているのがSketchpadというアプリケーションで、これがコンピュータにおける初めてのCGソフトでした。ちなみにこの人はアイバン・サザランドという人で、彼が何をやったかというと、最初のグラフィカルインターフェースや最初のオブジェクト指向言語などを発明して、あらゆるユーザーエクスペリエンスの基礎を作っていった人なんですよね。
そうして、20世紀に生み出された映像と計算という二つの技術が、サザランドを介して出会って生まれたのがコンピュータグラフィックスでした。20世紀後半のことです。
落合 コンピュータグラフィクスの登場によって、われわれは現実の映像のみならず、あるはずのないものを計算によって画面の中に自由に描きだせるようになりました。『ジュラシックパーク』みたいに死んだ恐竜を蘇らせたりとか、『ターミネーター』みたいに液体金属のお化けに人を襲わせるとかね。
それまでの人類がイメージしてきたことって、せいぜい、人間が悪魔と戦う絵だったり、キュビズムの絵だったり、シュールレアリズムの絵だったりするんですけれども、コンピュータグラフィクスの力によって、それを遥かに超越したわけのわからなさで、なおかつ高精細でリアルな世界が作れるようになったんです。これは人間の認識に関わるすごい変化でした。
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