中国同人文化の変遷、過去、未来|古市雅子・峰岸宏行
北京大学助教授の古市雅子さん、中国でゲーム・アニメ関連のコンテンツビジネスに10年以上携わる峰岸宏行さんのコンビによる連載「中国オタク文化史研究」の第8回。
今回は、20世紀末にインターネットの普及とともに広がった中国の同人文化について。日本産コンテンツの二次創作から始まった中国の同人文化が、アイドル業界やSNSの発展と絡みながら独自の進化を遂げ、日本へ逆輸入されるまでの過程を紹介します。
古市雅子・峰岸宏行 中国オタク文化史研究
第8回 中国同人文化の変遷、過去、未来
前回は、インターネットの普及によりアニメを好きな人たち、いわゆる「オタク」が急速にコミュニティを形成し、コスプレが広まっていく様子を描きましたが、今回は中国の同人文化について、その中心ともいわれていた同人小説をメインに、独特な文化をご紹介します。
プラットフォームとともに発展した同人小説
1995年8月、まだ中国の一般家庭にパソコンすら普及していない時代、理系の最高学府、清華大学の実験室にあったパソコンを使用し、「水木清華BBS」という掲示板が創設されました。その後、各重点大学に設置される学生用BBSの走りですが、自由に文章を発表できる場所として、ここから中国の同人文化が始まりました。現在、中国で最初の同人作品だと認識されているのは、1998年、この水木清華BBSのCOMIC板で発表された『新世紀エヴァンゲリオン』の同人小説『幕後』です。
この年、まだ多くないパソコンユーザーの間で『第一次親密接触』という台湾の学園ラブストーリーが中国で初めてオンラインで流行した影響もあるかもしれません。男性の多い理系大学のBBSで始まった同人小説ですが、その後、女性は重要な役割を果たしていくことになります。
この水木清華BBSのヘビーユーザーであったsunsunが、桑桑学院という初の同人フォーラムを開設し、フォーラムは大きな影響力をもちました。また、「耽美小島」という板が設置されたことでBL系の文章も集中して発表されました。しかしこの時期に掲載された文章はほとんどが日本や台湾の作品の翻訳で、オリジナル作品ではなかったため、台湾の書き手から強い抗議を受けました。そこでオリジナル作品への熱が高まり、1999年11月には国内初の耽美小説専門サイト「ルシファー倶楽部」(露西弗俱乐部)が開設され、桑桑学院とともに一時代を築きます。
図1 当時の雑誌に掲載された国内十大マンガサイト。1番に桑桑学院がある。(ネットより)
この2000年前後、「三大同人作品」と言われていたのが『SLAM DUNK』『銀河英雄伝説』『聖闘士星矢』です。CLAMPも人気がありました。『SLAM DUNK』を見て、男子は外にバスケをしに行きましたが、バスケに興味がない女子はもっぱら同人小説を書いていたといいます。桑桑学院創設者のsunsunは、日本の大人気BL系少女漫画『絶愛』が中国に入ってきたことも大きかったと指摘しています。
「絶世の顔、凄美な愛、多くの腐女がおののいた。いや、身がよじれるほど嘆き悲しんだ。」[1]彼女は、この作品は多くの人の人生を変えた、これを読んで自身がゲイであることに気づき、今もゲイとして生きている人もいると回顧しています。
最初に発表されたBL系同人作品はおそらく『SLAM DUNK』の同人小説『世纪末,最后的流星雨』(1999年)で、オリジナルの同人作品として大きな影響力を持った最初の作品として認識されています。ちなみに、同年に初のBL専門雑誌『耽美季節BOY‘S LOVE』が出版され、専門フォーラムも続々と開設、マンガやアニメだけではなく、ジャニーズアイドルの同人作品なども含め大きく発展していくことになります。
この時期、BL以外で触れるとすれば『銀河英雄伝説』の同人作品があげられます。架空の歴史小説を書いている書き手はほぼ『銀英伝』を通っているといわれ、その影響が直接感じられる作品も数多くあります。[2]
また、日本アニメだけではなく、中国の歴史小説の一ジャンルである武侠小説の同人も一定数存在し、2002年には専門フォーラムも開設されました。
2003年になると、大手検索サイト「百度」が「百度貼吧」というBBSを開設、ネットユーザーの増加も相まって裾野がぐっと広まります。
それまで主な作品発表の場であったフォーラムは、中国ではグレーゾーンである同人文化特有の同性愛や性表現を取り締まられないように、自衛として厳格な規則をもとに管理人が厳しく管理し、アカウント開設は招待制であったり、予め指定された質問に答えさせるなど条件を指定し敷居を高くして、一定期間発言のないユーザーは自動的に退会措置を取るなど排他的な空間でした。しかし、誰でも使えるオープンな「百度貼吧」が出現したことで、敷居がなくなり、さらに好みの作品を容易に検索できるようになります。作品名やカップリングですぐに検索でき、ジャンルがより細分化されました。しかし、誰でも見られるために、グレーゾーンにあると自覚している作品は、百度にリンクだけおくなど対応策が取られました。
2002年に「起点中文网」、2003年に女性向けサイト「晋江原创网」と今もオンライン小説を代表する大手サイトが続々と創設されたことも特記しておかねばなりません。こうして同人文化に触れる人口が増えるに連れ、日本のアニメやマンガ、ゲームだけではなく、武侠小説、韓流アイドル、中国のアイドル、欧米のドラマ、韓流ドラマ、中国のテレビドラマなどさまざまなジャンルの同人作品が出現することとなりました。特に中国の国民的オーディション番組『超级女声』(2005年)で、カリスマ性のあるボーイッシュな女性歌手、李宇春が絶大な人気を博したことで、同人人口の増加に拍車をかけます。2010年のイギリスドラマ『SHERLOCK』は女子大学生を中心に熱狂的に受け入れられ、当時ブレア首相が中国での異常な人気に言及するほどでしたが、これらはすべて、中国のファンがそこに「萌え要素」を感じとった結果です。同人文化がインターネットをプラットフォームに発展してきたがゆえに、中国において同人は、ネットユーザーであればすぐに足を踏み入れることができる世界でもあるのです。
図2 右がオーディション当時の李宇春(オンラインサイトより)
現在、同人が集まるのは2011年に開設されたSNS「LOFTER」(乐乎)です。ネットイースが「趣味を楽しみ、創造をシェアする」(专注兴趣,分享创造)SNSとして開設しました。写真や絵を中心にシェアするSNSであったため、当初はカメラが趣味の人たちが集まりましたが、その使いやすさから次第に同人が増え、「征服」された結果、今では同人専用SNSのようになっています。イラスト、小説、動画、写真などさまざまなコンテンツをシェアできます。中国の同人文化は小説、ついでイラストが多く、マンガももちろん存在しますがそこまで多くはありません。この連載で扱う時代が1980年代から始まっているように、マンガがそれなりの規模で読まれ始めたのはここ20〜30年です。ストーリーを考え、コマ割りを考え、イラストを描くといった一人で何役もこなさなければならないマンガの創作が同人文化においてもそれなりの規模をもつには、まだまだ蓄積が必要だというのが現状だと思います。
現在、同人作品のおおまかな動向は、ここを見ればだいたい把握できるといっていいでしょう。しかし、大手IT企業であるネットイースが運営しているため、誰にとっても安心安全、安定して使用できるものの、より踏み込んだ表現については、海外にサーバーを置くサイトを利用したり、その時々で考えられる方法を用いて生き延びています。
図3 LOFTERのインターフェイス(2021年7月5日)
同人小説とオンライン小説
以上の同人小説の歴史からもわかるように、中国では、同人文化はネット文化であると考えられています。これまでの連載でも書いてきたように、テレビや海賊版のマンガ、VCDを見ていた消費者が表に姿を表し、コミュニティを形成し、同人作品を発表するようになったのはすべてインターネットが普及してからであり、その発展の歴史はインターネットの発展の歴史と重なります。『鉄腕アトム』が放送されたのが1981年。小さい頃、テレビで日本アニメを見て育った、「80後」と呼ばれる1980年代生まれが大学生になった2000年前後から、中国ではインターネットが一般にも普及していきました。ネットユーザーは大学生が中心です。テレビで日本アニメが規制されてからも、ネット上からあの手この手で日本のアニメやマンガ、ゲーム、そして同人作品をシェアし、自分たちの文化としてネット上で楽しんできました。中国のネットカルチャーには、ベースとして日本のオタク文化があるのです。
現在、中国において同人小説はオンライン小説の一ジャンルと位置づけられていますが、そもそも中国のオンライン小説は同人小説をもとに発展してきました。
日本の国文学部に相当する北京大学中文系の研究者が、大学院での授業をもとに院生と共同で執筆した『网络文学经典解读』(オンライン文学作品解読)という本があります。オンライン小説を学術的に理解するための入門書といった位置づけの本ですが、巻末にある用語集には、「同人」「男性向」「女性向」「百合」「CP」「耽美」「弾幕」「腐女」「腐男」「攻/受」「同人」「YAOI」「御宅族」「中二病」といった言葉が羅列されています。日本語と同人文化がわかる人であれば、中国語がわからなくてもひと目で意味がわかるでしょう。また、オンライン文学の非常に重要な概念の一つが「萌」だと考えられています。「萌」と「爽」(自分の欲望が満たされた爽快感を表す言葉)がオンライン小説の中心的概念です。
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