現実を目指して疾走するフィクション――フューチャーカーとジャパニーズ・メカデザイン(根津孝太『カーデザインの20世紀』第11回)【毎月第2木曜配信】
今朝のメルマガではデザイナー・根津孝太さんの連載『カーデザインの20世紀』をお届けします。前回のコンセプトカーに引き続き、未来のイメージを担う架空の車、フューチャーカーのデザインを取り上げます。日本で独自に発展した未来のメカデザインが行き着いた意外な場所とは? リアルとフィクションが互いに影響し合って醸成されたデザインたちについて語ります。
▼プロフィール
根津孝太(ねづ・こうた)
1969年東京生まれ。千葉大学工学部工業意匠学科卒業。トヨタ自動車入社、愛・地球博 『i-unit』コンセプト開発リーダーなどを務める。2005年(有)znug design設立、多く の工業製品のコンセプト企画とデザインを手がけ、企業創造活動の活性化にも貢献。賛同 した仲間とともに「町工場から世界へ」を掲げ、電動バイク『zecOO (ゼクウ)』の開発 に取組む一方、トヨタ自動車とコンセプトカー『Camatte (カマッテ)』などの共同開発 も行う。2014年度よりグッドデザイン賞審査委員。
本メルマガで連載中の『カーデザインの20世紀』これまでの配信記事一覧はこちらのリンクから。
前回:「今ここ」を未来にするタイムマシン――憧れを顕現するメディア、コンセプトカー(根津孝太『カーデザインの20世紀』第10回)
前回は、未来を描き出す車として、コンセプトカーをご紹介しました。斬新なデザインが幾つも生まれてきたことは前回語った通りですが、こうした車両も、全くのゼロから生み出されたわけではありません。
人間はいろいろなものを目にして成長していきます。特に「デザイナーになろう!」と志す人は、やはり「あの日見た憧れのマシン」を作ろうとするものです。その憧れのマシンは、何も現実に存在する車両とは限りません。フィクションの中にしかない車両だって、憧れの対象になります。フィクションの車が現実の車に影響を与え、そして現実の車がまたフィクションの車に影響を与える。そんな相互作用の中で自動車の文化は育まれてきました。
そこで今回は「未来を描き出す車」のもうひとつの側面として、フィクションに登場するメカと、そのデザイナーたちについて語ってみたいと思います。
■工業デザインが醸し出すリアリティ――シド・ミード
未来のデザインということで言えば、一番に名前が挙がるのはやはりシド・ミードでしょう。シド・ミードはもともとフォードに在籍していたカーデザイナーでしたが、やがてその未来的なデザインが注目され、SF映画などに参加するようになっていきます。劇中に登場する車両をデザインするだけでなく、同時に都市の景観から小道具まで、ありとあらゆるもののコンセプトデザインを手がけるようになりました。シド・ミードは、自分のことをカーデザイナーではなく「ビジュアル・フューチャリスト」と呼んでいます。そんな肩書きを名乗っている人、他に聞いたことがないですよね(笑)。「未来を創り出す」卓越した力を持ったデザイナーとして、僕にとっても憧れの存在でした。
有名なのは、リドリー・スコットが監督し、1982年に公開されたSF映画の金字塔『ブレードランナー』への参加です。また同じく1982年に公開された、CGによる斬新なビジュアルで有名な『トロン』でも、メカデザインだけでなくサイバースペースのコンセプトデザインも担当しています。
▲『ブレードランナー』に登場する警察車両「ポリススピナー」のコンセプトアート。陸上を走行する際は前部が展開し車輪が出現する。(出典)
▲『トロン』に登場する「ライトサイクル」のコンセプトアート。劇中ではすべてCGで描かれた。(出典)
シド・ミードのデザインは、なぜそれほど人の心を掴んだのでしょう。シド・ミードが登場するまでのフィクション世界の乗り物のデザインは、『スター・ウォーズ』が代表的です。『スター・ウォーズ』のメカはオリジナリティ溢れる素晴らしいデザインの宝庫ですが、どこかファンタジックで大らかなところがありました。『スター・ウォーズ』の宇宙船や戦艦は細かいディティールがたくさんあることが印象的ですが、これは大まかな形を決めた後、タミヤの戦車などのプラモデルを大量に買ってきてパーツをどんどん貼り付けることで作られたと言われています。つまり形状のユニークさに重きが置かれていて、必ずしも機能的なリアリティは重視されていなかったのです。
▲『スターウォーズ』に登場する宇宙船「ミレニアム・ファルコン」のプロップ。独特な円形のフォルムはピザから発想されたと言われる。細かいディティールが巨大さを演出しているが、それぞれの機能は必ずしも明確ではない。(出典)
対してシド・ミードが『ブレードランナー』でデザインしたパトロールカー「ポリススピナー」は、「未来にはこんな車があってもおかしくない」と思わせる説得力があります。警察車両らしいパトランプにマーキング、前回もご紹介したランチア・ストラトスゼロなどのコンセプトカーを彷彿とさせるボディ、情報を効率的に表示するコックピットのコンソール、走行時に接地している車輪が飛行時には引き込まれるギミックなど、プロダクトとして機能をデザインする発想に溢れていることが、リアリティに繋がっているのだと思います。
▲ポリススピナーのインテリアデザイン。説得力のあるディスプレイもさることながら、窓の外に映る渋滞の風景も、現実と地続きのリアリティを感じさせる。(出典)
1960年代の未来観は、とても素朴で夢見がちなものでした。SFの未来像というと、塔のような高層ビルのあいだをUFOのような車が飛び交い、人々はみんなツヤツヤしたタイトな服を着ている、というステレオタイプがありますよね。60年代あたりに描かれていた未来像は、こうした現実と切り離された異世界のようなファンタジックなものが一般的でした。
▲60年代に未来生活を描いたアメリカのアニメ『宇宙家族ジェットソン』。ステレオタイプな未来イメージの典型。(出典)
前回もご紹介したコンセプトカーたちは、こういった未来のイメージを具現化する役割を果たしました。「工業社会の発展が輝かしいユートピアに繋がっている」と多くの人が思っていた時代だったわけですね。しかし、1970年代以降にアメリカをはじめとした先進諸国はベトナム戦争やオイルショックを経験し、夢ばかりを見てもいられなくなります。こういった時代背景から、徐々にファンタジックな未来のデザインは退潮していきました。
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