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干支が言えない

暇だったので、なんの気なしに「干支 言えない」でグーグル検索をした。

予想以上に多くの人が
「オレ、干支って全然言えないんだよねー」
「巳以降にどんな動物が控えているのか、いまだにわかりません」
などと告白しあっていた。
最近の子どもは十二支を全て言えない傾向にある、というネットニュースも出てきた。

その様子を眺めて、複雑な想いになる。

窓の外を眺めると、一月の雲ひとつない青空が広がっている。
鼻の奥がツンとなるような冬の澄んだ空模様を見ていると、小学三年生の頃の苦い思い出が蘇ってくる。
私は、十二支が言えない子どもだった。

小学三年生の冬のある日、一緒に下校していた本田くんが私に、白い息混じりにこう尋ねてきた。

「……お前、干支って全部言える?」

それは本田くんからの、突然の挑戦状であった。

私と本田くんは、クラスで一二を争うバカだった。
私が家庭科の授業中にミシンで自分の親指を縫えば、本田くんは理科の授業中にアルコールランプで自分の前髪を全焼させる。
私が飼育小屋のチャボと血みどろの大喧嘩を繰り広げれば、本田くんは給食で牛乳を八杯飲んで独特な色のゲロを吐く。
私が国語の授業で「なにか知ってる諺を述べよ」と先生に問われて「とろーりチーズをトッピング」と答えれば、本田くんは「がつんとガーリック味」と答える。

ふたりは、悲しいほどにバカだった。諺を「ポテトチップスの袋に書かれているキャッチコピー」のことだと勘違いしているほどに、バカであった。
私は本田くんのことがそんなに好きではなかったが、バカ同士ということで仕方なく仲良くしていた。
たぶん、本田くんも同じ気持ちだったと思う。

その本田くんから、突然の「お前は干支が言えるのか」という宣戦布告。
見ると、本田くんは得意げな表情を浮かべていた。

まずい。

こいつ、干支を習得しやがった。

十二種類の動物を、ある法則に沿って順番にスムーズに唱えていく。
それは、バカにとって至難の業である。
それを本田くんは、手中におさめたというのか。
もし自分がここで干支をすべて言えなかった場合、クラスで一番のバカは私ということが明白になる。
しかし、この勝負、逃げるわけにはいかない。
どっちがバカか、はっきりさせる時がきた。

私は深呼吸をし、間を置いたのち、干支を唱えた。

「ねー、うし、とら、みー、たつ、みー、うま、みー、ひつじ、うま、ひつじ、みー、ひつじ、とら、いぬ、いー」

ダメだ。
蛇の含有量がすさまじい。ここはジャングルか。
加えて、後半の羊の登場率も目に余る。
だいたい、十二匹を越えている。これは十何支なのだ。

負けた。本田くんに負けてしまった。

さぞ本田くんは勝利の喜びを表情にたたえているだろうとチラっと見ると、まさかの歯噛みをしていた。

「……お前、やるな」

本田くんは、悔しそうにつぶやいた。

忘れていた。本田くんも、バカだったんだ。
そして彼も息を整え、
「次はオレの番な」
と私に告げ、干支を唱え始めた。

「ねー、むし、とら、うー、うま、いぬ、いー」

少ない。
圧倒的に、十二匹に足りない。
あと、明らかに虫がいた。

ふたりのバカの間に、生ぬるい空気が流れた。
そのあとふたりがどんな会話をして帰ったのか、いまは思い出せない。
三学期の終りに本田くんは転校してしまい、クラスでバカは私ひとりになった。

冬になるたびに、本田くんのことを思い出す。
本田くんは、いまはもう干支を言えるようになっただろうか。
一月の青空に向かって干支をつぶやいてみたが、やっぱり巳以降の展開が複雑であった。

(了)

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検索日記連載『くうねるぐぐる』(KKベストセラーズ)に書いたものを加筆・修正しました。


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