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DAY7 カリブートレイル

雨で寒いけれど、風はそれほど強くない。
今日は11km歩いた。やはり乾いた服だと違う。
今日のキャンプでは蚊が出てきた。

ハイキングの途中でカリブーの角を見つけた。草むらの中に枝のようなものが落ちていて、よく見たら角だった。
カリブーとは北アメリカのいわゆるトナカイのことで、雄にも雌にも角がある。
角の表面はなめらかで枝分かれしていて、思ったよりもずっしりしていた。アンドリューによると実際のものはもっと大きくて、今日落ちていたのはその一部らしい。
ところどころに地面がえぐれたような穴があった。これはクマが食べ物を探して地面をほり返した跡もらしい。私が入るとすっぽり収まりそうな大きな穴だった。
私は改めて、この広大なアラスカでグリズリーに出くわさないことを祈った。
野生動物の痕跡を見つけるのは楽しい。
ツンドラの地面はでこぼこで、苔や短い草に覆われているけれど、砂と砂利がむき出しになった細い道がずっと続いている。
アンドリューによるとこれはカリブーが通った獣道らしい。獣道があるとツンドラを歩きやすかった。

広大なツンドラで、カリブーたちの足跡を追う。

アンドリューにこのコースに参加したのはなぜ? と聞かれて、私はファンタジーを書くためにここに来たと話した。
私は幼いころから物語を書いている。小学生のころは、魔法や怪物、隠された秘宝をめぐる冒険物語を書くことに夢中だった。中学生では架空の国を舞台にした重厚な西洋風ファンタジー、高校に上がってからは緻密に書き込んだ舞台の中で戦争の光と影に焦点を当て、一人の売れない画家の物語を書いた。最近は少し趣向を変えて、死神が主人公の物語を書いた。
そして私がアラスカに行こうと思い立ったのは、新しいファンタジーのインスピレーションを得たからだった。

私は自分の身一つで、手つかずの自然の中に飛び込んでみたかった。未開の地で自分の身を守るにはどうすればいいのか、物語の主人公たちと同じ境遇に身を置いてみたかった。
天気が崩れる兆候、険しい道の歩き方、野生動物への警戒。水と食料はどれくらい必要か、バックパックはどれくらい重いのか、それを背負って歩くと何時間くらいが限界なのか。厳しい環境で自分とチームを守るにはどうすればいいのか、また危機に直面したらどうやって切り抜けるのか。
この一週間でも多くの気づきを得た。
これまで想像もつかなかったリアルがあった。
日本にいてたくさん本を読んだところで、どうやったら嵐の中で服を乾かす方法を思いつけるだろう?
ここに来なければ私は、嵐の中で体を暖める方法も、風が強い時はタープが飛ばされないように岩の重しを乗せるという工夫も知らなかったに違いない。

でも最初は、アラスカに行きたいと思ったところで手がかりはなに一つなかった。海外に行ったこともなく、英語は日常会話程度。つてもなければ経験もない。
紆余曲折のすえ、両親や高校の先生からの応援を得て、ここまで来た。
(その紆余曲折についても、今後書き記していきたいと思う)

そうしたことを全ては英語で伝えられなかった。でもアンドリューはときどき私の足りない言葉を補いながら、熱心に聞いてくれた。
「つまり、NOLSに参加すれば、もっと自分の経験に基づいた物語を書けると思ったんだ」
私はそこで、ぱっと頭に浮かんだことを言ってみた。
「勉強にはお金がかかるけど、学びはただだ。ここに来たからには、私はたくさん学んで日本に帰りたい」
と言ったら、アンドリューは
「その表現いいね。Studying is expensive, learning is free」
と言った。

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