DAY9 アラスカにも蚊はいる
快晴。オートミールにレーズンを入れて朝食をとったら、いつも通り3つのグループに分かれた。
今日のハイキングチームはビルがDL(リーダー)、エマ、ソフィア、ロジャーと私の5人。
今日は気温が高いので、飲み水を余分に準備した。飲み水は川や湖の水を汲んで煮沸消毒するか、水質浄化剤できれいにする。
ビスケットやナッツを詰めたランチボックスを作り、靴紐をしっかり結び直した。嵐や川渡りでずっとびしょ濡れだったハイキングシューズが乾いて嬉しい。泥水に突っ込んだような足元の不快感にはもう慣れたけれど、靴が乾いているとやはり足が軽い。
今日は8マイル、およそ13kmのハイキングだ。昨日までは短い草や苔に覆われたツンドラ地帯だったけれど、土地の様相が変わってきた。
水辺の周りには背の高いやぶが生い茂っていて、灌木を踏み倒しながら歩いた。こんなやぶの中にもカリブーが通った道があり、おかげでいくらか歩くのは楽になった。
とはいえやぶの中は迷路のように入り組んでいて、枝のはね返りで怪我をしたり、ぬれた枝に足を取られて転んだりした。見通しが悪くはぐれやすいので、ベアコールをしながら進んだ。やぶの中には蚊が大量にいた。風もなくジメジメしていて状況は最悪。昼になる頃にはチームのテンションはガタ落ちだった。
「今湖で泳げるならなんだってするわ・・・」
とエマが遠い目で言うと、
「それな・・・」
と私とソフィアが反応した。
ビルはコンパスと地図を使ってみんなを先導してくれた。彼は地図に強いので、方向音痴の私にとっては頼もしい味方だった。
やっとのことでやぶを抜けて川に出た。私は休憩をとっている間、川で髪を洗った。冷たい水で汗を流すと気分がしゃきっとした。
もうみんなやぶ歩きはこりごりということで意見が一致したので、やぶを避けて川の中を歩くことにした。
やぶを行くよりマシでも、深くて流れの速い川を渡らなければならなかった。深さは私の太ももまであった。いざという時バックパックを捨てられるように、ベルトを外して川の流れに足を踏み入れた。上流に体を向けて、一歩一歩慎重に足場を探す。
水圧がすごかった。
トレッキングポールをつきながら両脚を踏ん張っていないと、すぐに流される。足場は悪い。川底の石はすべる。一歩踏み外したらおぼれるので、顔に垂れてくる汗をぬぐうこともできなかった。
でも嵐の四日目に川を渡った時に比べれば、コツをつかんでいた。川を渡って岸辺を少し歩き、また川を渡るのを繰り返した。15回くらいは渡った。
あとでインストラクターのロジャーに、
「君が流されないか心配したよ。なぜなら僕にとっては膝の高さでも、君にとっては腰の高さだからね」
とほがらかに言われた。
このコースのメンバーの中で私が一番チビだってことは、言われなくてもわかっている。
長いハイキングを終えて、ようやく今日のキャンプに到着した。
いつもと違い、今日のキャンプサイトは地面がならされていて、焚き火のできる石組みがあった。多分NOLSのチームが入れ替わり立ち替わり使っているキャンプサイトなのだろう。
丸太を切り出した椅子や、簡易的なテーブルが置いてあって、みんな
「テーブルだ・・・」「文明じゃん・・・」
とつぶやいた。みんな野生に慣れすぎて、テーブルを使う気になれなかった。
針葉樹の下に、白い枝がたくさん集められていた。しかしよく見てみると、それらは枝ではなく全てムースやカリブーの角だった。手頃なサイズのムースの角に、濡れた靴下を下げて乾かした。
夕食はトマトパスタで、リアナが作った。リアナは料理が上手で、野外でも要領よく美味しいものを作ってくれる。
明日はハイキングなしの休日らしい。
今日は焚き火を囲んでミーティングをした。
コースでは、毎日寝る前に全員でミーティングをする。ミーティングの内容は主に『appreciation』(感謝)『announcement』(情報共有)『game』(ゲーム)の三つ。
最初に、今日1日で感謝したことについて。楽しい会話をしたハイキングチームに感謝、おいしい夕食を作ってくれた人に感謝、いい天気に感謝。など。
次に情報共有。明日のDLは誰か、紛失した装備はないか、もしくはこれからのキャンプを改善するための提案をしたりする。
最後にゲーム。インストラクターがその場でできる楽しいゲームを教えてくれる。
今日はゲームではなく、ジェシカが本を読んだ。言葉は分からなかったけれど、英語と焚き火の音が耳に心地よかった。
寝る前にみんなで日の入りを見に行った。このキャンプは流れの速い大きな川を見下ろす位置にあって、周囲は森。テントから歩いて森を抜けると、西の山々に夕焼けが広がっているのを見ることができた。太陽が山の端にかかって、雲が燃えているようだった。
景色を楽しんだあとはめいめいテントに戻り、本を読んだり日記を書いたりして、ゆっくりと1日の終わりを楽しんだ。
テントでじっと寝袋にくるまっていると、川のせせらぎや、時折思い出したように鳴く鳥の声、木々のこずえからしたたり落ちる水滴の音までが鮮明に聴き取れる。このしっとりとした静けさの中で1日の日記をつけているときが、一番心が安らぐ瞬間だ。