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チューブラベルで思い出すのは? 【徒然なるままに #121】

オーケストラで使われる長い筒の鐘、それがチューブラベル(Tubular Bells)なのだが、あの楽器の音と風貌で何を思い出すか、連想するかというのは住んでいる国で違うのだと思う(そう言えばマイク・オールドフィールドの『チューブラ・ベルズ』というアルバムがありましたが、それを思い出すという人は今どれぐらいいるのでしょうか)。

大学院の時に、あるゼミで先生が現代音楽の曲を流した。ゼミは少人数のものなのだが、自由な雰囲気で、大学の後輩もたまに来て参加していた。
その流した曲の中に、連続した音をチューブラベルで奏でる箇所があり、それを聴いた後輩が「のど自慢にしか聴こえない」と言った。おそらく、そこにいた学生の大半はそう思ったに違いない。『のど自慢』とはもちろん、あの一般人参加型の番組のことである。
先生はその後輩の発言を聞き、それは思い込みなのでは、という趣旨のことを言ったと思う。
まあ、そう聴こえてしまうものは仕方がないと思うのだが、それにしてもすごいと思うのは、『のど自慢』の破壊力である。のど自慢の参加者の合否を知らせるというアイディアは面白いが、その影響は凄まじいと、その時思ったのだった。もしかしたらクラシックや現代音楽を小さい頃から聴くような人はのど自慢を見ることはないのかもしれないが、少なくとも自分も含めて、そこにいた学生たちは違った。聴きながら、そう思ってはいけないと思いつつも。
あの鐘は教会の鐘をコンサートでも演奏できるように作られたものらしいので、まさか70年くらい経ってから、東洋の国でそういった形で使われるようになるとは誰も思わなかっただろう。

意味づけという流れで行くと、楽器と楽曲という違いはあるが、ピー・ウィー・ハントのある曲を聴くと、吉本新喜劇しか浮かばないと思う。もちろんその楽曲はお笑いを意識して作られたものではなく、『Somebody Stole My Gal』というタイトルから邦題では『恋人を取られて』というタイトルになっている。

もしかしたら、「俺彼女取られちゃったよーん」というニュアンスなのかもと考えると、その悲哀を面白おかしく表現したということのであれば、あながちお笑いから遠いわけでもないのかもしれないが、アメリカ人にはどう聴こえるのか聴いてみたいところだ。

トップのチューブラベルの画像はウィキペディアのものを借用いたしました

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