農薬アブシシン酸、アフィドピロペン等について検討しました〜第834回食品安全委員会
10月5日に開かれた第834回食品安全委員会は、添加物や農薬等についてさまざまな審議を行いました。概要は公式ブログをどうぞ。
この中から、農薬アブシシン酸と農薬アフィドピロペンについて紹介します。
食品安全委員会(食安委)がアブシシン酸については食品健康影響評価(案)をまとめ、10月6日からパブリックコメントを実施中です。一方、アフィドピロペンの評価は、パブリックコメントを行いません。なぜ、このような違いが出るのかも含め、解説します。
ぶどうの色づきをよくするアブシシン酸
アブシシン酸は植物ホルモンの一種です。植物が普通に持っている化学物質です。しかし、ぶどう(巨峰とピオーネ)に使うとアントシアニンの含有量が増加し色づきが向上するため、農薬としての登録申請がなされました。
アメリカやオーストラリア、EU等でも既に農薬として登録されています。
農薬というと、多くの人が殺虫剤や除草剤などをイメージしますが、このような植物の成長や発育をコントロールして品質を高めたり収量を上げたりする「植物成長調整剤」も、農薬として登録され管理されることになっています。
農薬になるとはいえ、多くの植物が普通に持っている物質です。残留基準を設定する役割を担う厚生労働省は、アブシシン酸を「人の健康を損なうおそれのないことが明らかであるものとして厚生労働大臣が定める物質」(対象外物質)に指定しようと考え、法律に則って食安委に評価を依頼しました。2021年6月のことです。
食安委は農薬第三専門調査会で審議し、評価案をまとめました。動物での各種の毒性試験では、問題となる毒性は見られませんでした。また、遺伝毒性試験が陰性であること、エストロゲン受容体への作用等についても影響を及ぼさないことを確認しました。
アブシシン酸を農薬として使用しても、ぶどうに蓄積したり濃縮したりすることはなく、残留したものも時間が経つと減ってゆきます。そのため、使用してアブシシン酸が残留したぶどうを食べてもその量に問題はなく、アブシシン酸が使われていないほかの農産物から、それよりもかなり多い量を摂取していると推定しました。
これらより、食安委は「アブシシン酸は、農薬として想定しうる使用方法に基づき通常使用される限りにおいて、食品に残留することにより人の健康を損なうおそれがないことが明らかである」と評価案をまとめています。
評価案は、10月6日から11月4日まで、パブリックコメントを実施しています。ダウンロードして読めますので、意見があったらお送りください。
殺虫剤アフィドピロペンは、日本人ノーベル賞学者が開発
アフィドピロペンは、Meiji Seika ファルマ(株) と学校法人北里研究所(大村グループ)が共同開発した殺虫剤で、ライセンス先であるBASF社によって2018年から、オーストラリアやインド、アメリカ等の諸外国で販売が始まりました。
日本では、農薬登録はまだされておらず、しかし、海外で使われれば農産物に残留しますので、インポートトレランス(import tolerance)が申請されました。
インポートトレランスというのは、国内で使われていなくても輸入食品に残留の可能性がある農薬について、科学的な評価を経て基準値を設定する制度です。
厚労省は2018年、食安委にリスク評価を依頼。食安委は2019年、評価書をまとめました。許容一日摂取量(ADI)=0.08 mg/kg体重/日、急性参照用量(ARfD)=0.18 mg/kg体重としています。
厚労省は、この評価書第1版を踏まえ、みかんやトマトなどさまざまな農産物に残留基準を設定しました。
その後、日本でも農薬登録が行われることになり、厚労省は新たに、小麦やばれいしょ、そして農産物を飼料としてできる畜産物についても、基準値を設定することに。また、海外でも使用農産物が増え、新たなインポートトレランス設定要請がありました。
農薬の基準値設定の際には、厚労省が食安委に改めて評価を要請する、というのが食品安全基本法で定められています。そのため、厚労省は2021年6月、食安委に対して評価を要請しました。毒性に関する試験結果や作物残留試験の結果なども追加提出され、食安委農薬第二専門調査会が検討しました。
最終的に、ADIやARfDは第1版から変更せず、一部データなどを追記した評価書第2版案をまとめました。
このようなケース、以前に毒性評価などを詳細に行いADIやARfDを決定しており、その次の版ではその骨子は同じで、一部データの追記に止める場合は、わざわざパブリックコメントはとらず決定に至ってよい、というルールとなっています。そのため、アフィドピロペンは、パブリックコメントを経ず評価書第2版を決定しました。
ちなみに、開発の北里研究所(大村グループ)という記載に、あっと思われた方も多いのでは。アフィドピロペンは、ノーベル医学・生理学賞を2015年に受賞した大村智博士が、2005年に開発した殺虫剤です。
インポートトレランスは、海外からの圧力で設定されるものではない
もう一つ、ちなみに、ですが、インポートトレランスについてよく、「海外の国の圧力で、緩い基準値を設定させられる……」と言う人がいますが、間違いです。
農薬は、気候風土や栽培品目、どのような病害虫が多いかなどによって必要とされるものが違うので、国によって登録の有無が違って当たり前です。そして、その農薬が使われていない国では、農産物にその農薬が残留するわけもないので、基準値を設定していなかったり農薬や農産物の種類を問わず一律に低い基準値を適用したりしています。日本では、この一律基準は0.01 ppmです。
しかし、このままだと、ある国で必要性があって使われる農薬が、ほかのほうぼうの国で次々に残留基準超過となり貿易上の大問題に発展してしまいます。そこで、使っている国が、貿易相手国に対して「残留基準を設定してほしい」と要請できる、という国際ルールがしっかりと決まっているのです。これがインポートトレランス。圧力うんぬんの話でなく、要請を受けた国は、科学的な評価、検討をして基準値を設定します。
#(食安委の食品安全用語集を参照してください)
日本も、食品を輸出する相手国に対してインポートトレランスを要請することがあります。農水省が輸出振興策として、「インポートトレランス申請加速化支援事業」を実施しているほどです。
<参考文献>
食品安全委員会第834回会議資料詳細
Meiji Seika ファルマ(株)・新規農業用殺虫剤Inscalis®(アフィドピロペン) BASF社による米国農薬登録取得のお知らせ
日本農薬学会・農薬について知ろうQ7 インポートトレランスとはどのようなものですか。
大村智・記念学術館