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よき風からの徒然話  389

さて、今日もnoteを書きましょう!とイスに座ろうとしたら…
いつの間にか先客が座っている。

そう、音もなくやって来てしっとり座っているのはネコ。

「あぁ、今日はそこなのね」と彼の頭をなでながら「さてさて、わたしはどこに座ろうかね…」なんて思いつつ目線を合わせてしゃがんでみる

と…「あ、いい風…」

さっき、1階だと風があったのに、2階に来て窓を開けたらさっぱりなくて「この誤差はどこからくるのさ…」なんてひとりブツクサ言っていたところだった。

そうだ、この人たちは快適なところを誰よりも知ってるんだった。

わかってだか、たまたまだかわかんないけど、風の通り道なんかにこの季節はよく猫が落ちていて「なるほど、今日はここが快適なのか」なんて教えてもらうことはよくある。


彼に席を譲ったわたしは、その椅子の近くに座椅子を引っ張ってきて座りながらこのnoteを書いている。
風が冷たくて気持ちいい。


この感じ、やっぱりクーラーや扇風機と違うんだよね。
当たり前だけど、違うんだよね。

真夏のどうしようもない暑さからどれだけ救ってもらったと思ってるんだ?ってことはよくよくわかっているし感謝している。
しているのだけど、やっぱり自然のそれと違うってことは皮膚に粘膜に、自分の体の反応を見れば一目瞭然で。

冷たさを数字にすれば同じ数字は再現できるんだろうし、湿度だって風の強さだって測って数字を出せばその数字の再現はできるんだろうと思う。

でも、違うんだよね。
その時の体感もだけど、ひとしきり浴びた後の体感は本当に違う。


特にホテルの空間なんかは、空調の風は動いているし、温度だって湿度だって設定でどうにでもなる。
物理的にはどうにでもなるはずなのに、わたしには「止まった空間」に思えてしまう時がある。

「ちょっと、クーラー弱いんじゃないの?」みたいなことじゃなくて、どちらかというと呼吸が止まっている、みたいな感覚。
その部屋の、その空間の呼吸が止まっている感じ。
動いていない感じ。

あれが、ちょっと苦手なのだ。
新幹線や飛行機だって同じようなものでしょ?って考えてもみるのだけど…わたしの中では特にホテルの部屋の印象が強い。


「この世界のお天気が人工じゃなかったことなんてない」なんて話を聞くと「ぬふふ…」とニヤリスイッチが入ってしまう性質のわたしだけど、それがホントだったら、どうかその叡智を現代の空調に携わるすべての企業に渡してあげて欲しい…と思ってしまう。

温度でもない、湿度でもない、風量でもない…
じゃああとはどこに改善のポイントがあるんだろう?
わたしは今「快適だ」と思っているこの風の「何を」快適だと思っているんだろう?

香りじゃないから嗅覚じゃない
見えてる景色から快適を感じてるわけじゃないから視覚でもない
おいしさでもないから味覚じゃないし
肌感覚の触覚…ここが一番掘りどころかなぁなんて思っていたけれど、ちょっと待て…

一見、全く関係なさそうな聴覚。
これ、なんか怪しくない?
わたしが聴覚のことよく知らないだけで「え?それ聴覚の範疇?」みたいなことがあったりするんじゃない?
なんかそんな嗅覚が働き始めてきたよ…
って、また嗅覚?…こんがらがって来そうな気配…。


こんなどうでもいいぼんやりしたことを思い巡らせながら、いい風に吹かれて猫の寝顔を眺める。
うん、幸せなよき夜でうれしい。




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