EP4.【竹鼻優斗#2】
腐り荒んだ昨シーズン
キャンプ最終日の練習前。
呼び出された監督の前に、何の気構えもなしに立つ竹鼻は、突然のキャプテン任命を言い渡された。
「何かの冗談かと思いました。」
自分でも驚くほどのその言葉は、確かに昨年までの姿を知っている人からすると大出世なのかもしれない。
2021年。
当時の和歌山ファイティングバーズ(2023年和歌山ウェイブスにチーム名変更)に入団した竹鼻は4年目のシーズンを迎えている。
現在所属している選手の中で和歌山歴は最長だ。
19歳で経験した初めての独立リーグでは無安打に終わった。
野手の人数が少なかったこともあり、練習中・試合中問わず経験のないブルペンキャッチャーを任されることも。
出番を与えられても後半の守備固め、代走メインの起用法に、本人はもちろん納得はいってなかった。
溜まる苛立ちをグランドで隠せない時には、物にあたり、道具にあたり。
ベンチに帰ってきてはヘルメットを投げつけていた日も1日限りでは終わらなかった。
「去年が一番ダメだった。結果はもちろん、大した練習をやってもいないのに不満も言っていた。」
その言葉通り、川原前監督に殴りかかる姿も見受けられた。
そんな幼稚さの殻を破り、首脳陣からの満票を得ての主将就任。
自分のことばかり考えてはいられなくなった。
「自分が声を出さないことには人に言えない。」
声に調子はないと言い、打てない試合でも声を出してダッシュで守備位置へつくようにしていると言う。
年上メンバーに指示をすることももちろんある。
“キャプテン”に対して不安がないわけではないが、練習中からよく声をあげる姿に周りも認め始めている。
橘(現16歳)含む若いメンバーの加入もさらなる自覚を芽生えさせたのだろう。
昨年までの姿はもう見せられない。
今年こそ大人への階段を登れるか。
全試合出場と返したい恩
苦みを味わい迎えた2年目、そして3年目。
徐々に出場試合数も増してきてはいるものの、共に打率は.101(2年目)、.111(3年目)とイマイチ振るわなかった。
それが一転。
今季オープン戦打率は.353(17-6)。
打率、安打数でチーム内トップの数字を残した。
今季より新たにコーチとして就任した松本・藤原(共に和歌山ファイティングバーズ時代のチームメイト)の指摘により、“振る力”にフォーカス。
今まで形ばかりにこだわってきた素振りから意識を変え、とにかくフルスイングすることを心掛けてオフシーズンを過ごしてきた。
「精神面の成長を一番に実感している。ただ同じくらいにパワーがついてきていることも実感しています。」
バッティング練習中、自分でも思いがけない飛距離に驚くことがあるそうで、心身ともに充実している様子が見て取れた。
変化した部分は内面だけじゃないんだぞと言わんばかりの結果となった。
そんな竹鼻は、昨シーズンより背負う番号には譲れない思いがある。
藤原がファイティングバーズ時代につけていた“背番号2”を受け継いだのだ。
竹鼻が入団して2年目のタイミングで藤原が加入。
同じポジション。プレースタイル。生い立ち。
目指すべき選手像がすぐそこに現れたことを機に、自分から教えを受けに行くようになった。
大味なバッティングが売りでもなければ、フィジカルに可能性を感じる体躯でもない。
培ってきた野球勘や巧さ、考え方のイロハを受け継ぐべく、普段の練習中や試合中、時にはグランド外でも食事に行くなど、とにかく同じ時間を過ごしてきた。
「当時は追いつけ追い越せの精神を持っていた。おかげで守備固めでも出場機会が増えるようになった。」
そんな藤原がコーチとして帰ってくる。
オフシーズン、野球に対して向き合う姿勢が前のめりになっていくことは自明だった。
「楓(藤原)さんの経験をそのまま教えてもらっている。自分が結果を出すことで、楓(藤原)さんのしてきた野球が間違いじゃなかったことを証明したい。」
貰った恩は、あまりに大きい。
返せる恩は、結果だけだ。
想い出がいっぱいな幼少期を経て
エルモの顔に負けず劣らず、何とも言えない憎たらしい顔を浮かべている。
どんな幼少期を過ごしてきたか、この質問には口をそろえてみんな言う。
「クソガキだった」と。
...質問が悪いのだろうか。
禁止されている場所を平気で登り、注意してくる大人には言い返す。
我の強い性格はこのころから身についており、自己主張の激しいプレーで怪我をした経験もあったという。
それでも野球に対する想いは人一倍熱い。
周りのチームメイトとの熱量の差を感じ、当時所属していたチームを移転。
小学校の頃で既に週6日も練習をしていた時期があったそうだ。
そんな竹鼻が今年で23歳になろうとしている。
いつまでも夢心地な姿勢は許されない。
三塁コーチャー藤原が回す腕を信じ、一切の迷いなく帰ってくるホームベースは、チームの勝利と成長につながる大人への階段だ。