統一運動《11/19 今日は何があった?》
1960年 感謝祭礼拝、「子女の日」宣布(陰10・1)
1970年統一教会幹部260名訪韓(~28)
1973年第2回「科学の統一に関する国際会議」開講式(帝国ホテル)
1984年 第7回「世界言論人会議」(~22、東京、ホテルニューオータニ)
1984年 第1回全国牧会者教育 清平修錬苑
1987年第17回「東西宗教の出会い」セミナー(護国寺本堂)
1993年 「真の父母と成約時代」宣布世界巡回講演 ポーランド、ワルシャワ、マリオット・ホテル
1994年 日本女性幹部特別修練会16万人教育大勝利祝賀会 九里中央修練院
1995年 「真の家庭と私」世界16か国巡回講演 コンゴ民主共和国、キンシャサ、国会広場
1998年真のお母様、チマチョゴリの授与(~1999.2.3)
1999年アラスカで韓日米の指導者の修練会が開催(~27,アラスカコディアック)
2005年 「天宙平和連合」創設記念世界巡回大会 デンマーク、コペンハーゲン、マリオット・ホテル
2007年 アメリカ12カ都市巡回大会 ワシントンDC、マリオット・ワードマン・パーク・ホテル
2019年アジア太平洋サミット2019カンボジア(カンボジア王国・プノンペン)
《1960年 感謝祭礼拝、「子女の日」宣布》
真の父母経p510
第三節 「子女の日」宣布
「子女の日」の意義
真の父母様は、一九六〇年、陰暦十月一日(陽暦十一月十九日)、ソウルの青坡洞一街の旧本部教会で、感謝祭礼拝を自ら主宰され、翌年、この日を「子女の日」として公布された。「子女の日」が決定されることにより、アダムとエバが蒔いた罪悪の種を抜き取ってしまい、人類を悪から解放できる起源がつくられた。この日は、堕落人間たちが歴史始まって以来、初めて子女として勝利し、神様の宇宙的な栄光の場に同参できるようになった記念の日である。
1 神様は、「父母の日」が立てられることを六千年間、待ち望んでこられました。本来は、堕落した人間の子孫たちが待ち望むべき日であるにもかかわらず、かえって創造主であられる神様が、六千年間、その日を待ち望んでこられたのです。ゆがんだ歴史が始まったその日から、数多くの峠の道で、神様には悲しいことも難しいことも多くありましたが、その中でもたった一つ願ったものが「父母の日」でした。
その日が探し出されることによって、神様は御自身が共にいられる人類の真の父母を立てて、「あなたたちは人類の真の父母である」と命名できるようになるのです。そうして、神様が立ててくださる父母の名をもって出てくることによって、父母の祝福の基準が立てられます。ここにおいて真の子女が立てられるようになり、それによって、地上で「子女の日」を迎えることができるのです。
《1973年第2回「科学の統一に関する国際会議」開講式》
真の父母経p1000
「科学の統一に関する国際会議」提案の背景
真の父母様は、絶対価値を中心に世界平和の実現を模索する「科学の統一に関する国際 会議(ICUS)」を開催された。この会議は、一九七二年以降、世界の碩学たちが参加する中、継続して開かれた。第一回「科学の統一に関する国際会議」 は、一九七二年十一月二十三日から二十六日まで、「現代科学の道徳的方向性について」というテーマで、アメリカ、ニューヨークのウォルドルフ・アストリ ア・ホテルで開かれ、第二回会議は、一九七三年十一月十八日から二十一日まで、日本の東京にある帝国ホテルにおいて「現代科学と道徳価値」というテーマで 開催された。特に第二回の会議には、著名な物理学者を含むノーベル賞受賞者五人が参加した。その後、「科学の統一に関する国際会議」では、「絶対価値」を テーマに掲げて世界の懸案を議論し、真の父母様が大会ごとに創設者として基調演説をされた。
7 世界的な碩学たちを動かすことのできる基盤を築くためにつくったのが、「科学の統一に関する国際会議」です。第二回大会は東京で開かれたのですが、東京大 学を中心とした有名な学者たちを前に立て、世界の碩学たちを集めて大会を行いました。私はこの大会の創設者なので、挨拶の言葉を語ろうと考えていました。 ところが、主人が挨拶するのは組織世界における常識であるにもかかわらず、私が講演し、挨拶をする式順がすべて抜けていたのです。それで、これを一晩で ひっくり返しました。私を見くびって、(逆に)一発たたかれたのです。
その時でさえ、私に会ったことがなかった人は、私が何かの王冠やかぶり物をかぶり、修行服を着て出てくるものだと思っていました。「誰が統一教会の 教主、文某なのか」と言って、私が登壇しても、私を見るのではなく、ほかの所を眺めていたというのです。そのひっくり返しておいた局面で、笑いながら、 「私はアジアと世界の運命を懸けてここに立っている」という思いで、講演を行いました。堂々とその場に立ったというのです。
《1984年 第7回「世界言論人会議」》
日本統一運動史(光言社)p404
世界87か国からジャーナリスト、評論家、学者ら700人が参加して、「第7回世界言論人会議」 が開催されました。
1日目の開会セッションでは、名誉議長の岸信介元首相、 ダグラス・マッカーサーⅡ元米駐日大使、 ジャック・スーステル元仏副首相の両議長らが挨拶をし、また郷司浩平 日本生産性本部会長、評論家の細川隆元氏が祝辞を述べました。 そして、 最終日の晩餐会は、 来賓としてマンスフィールド米駐日大使、 福田赳夫元首相らを迎えて盛大に行われました。 同会議では、真の御父様から寄せられたメッセージを朴普熙氏が代読しました。なお、真のお父様はこの第7回世界言論人会議で「メディア倫理賞」の 創設を提唱されました。
《1994年 日本女性幹部特別修練会16万人教育大勝利祝賀会》
真の父母経p1445
日韓女性の姉妹結縁
真の父母様は、一九九三年十月六日から九四年十一月二十日まで、済州島と九里で開催 された日本女性指導者特別修練会において、日韓両国の交流と摂理的な責任を強調された。特に、韓国と日本が一つになり、アジアと世界復帰のために立ち上が ることを力説されながら、姉妹結縁を通して姉妹のように愛する訓練をしなければならないと語られた。そして、「無限に速結されている膨大な世界におけるテ キストブックとして、型と公式に一致させるため、このような運動をするのであり、ここには天宙的な縁が連結されている」と説明された。
9 日本と韓国は、摂理的に一つの国とみなします。一般の人たちは、このような話を聞けば「気分が悪い」と言うかもしれませんが、ヨーロッパを見なさいという のです。ヨーロッパ共同体(EC)からヨーロッパ連合(EU)になりました。一つになっていくのです。一つになるその基台は、男性ではなく女性です。
そのような観点から、特別修練会をしているのですが、この教育期間は大変動をする期間です。このように来て感動するとすれば、父母様に対して関心を もつようになります。ここは、韓国の九里市水澤洞です。水澤洞修練所で感動すれば、自分との関係が徐々に深くなります。それで、忘れることができなくなる のです。
また、このような期間に姉妹結縁をするというのは、重大な一つの機会になります。このような機会はありません。
姉妹結縁をする人たちは、すべて統一教会員ではありません。韓国の村々から連れてきた人たちです。「世界平和女性連合」を通して連結された女性をはじめ、あらゆる女性たちがいます。
世界を一つにするためには、東洋から一つにする運動をしなければなりません。それは姉妹結縁しか道がありません。韓国と日本の二つの国が、アジアと共に歩調を合わせなければ、世界で生き残ることができません。そのような時代が来ました。
日本統一運動史(光言社)p482
11月19日、第38回日本女性特別修練会の最後の夜、 日本女性16万人教育大勝利を祝して祝賀記念式が盛大に行われました。 第38回修練会は7166名が参加し、 まさに立錐の余地もない状態でした。 記念式は郭錠煥・韓国統一教会協会長の司会で進められ、最初に修練生代表2人から真の御父母様へ花束贈呈、 続いて日本統一教会から 「感謝16万」と書かれた盾と贈り物が、 黄煥宋全国祝福家庭総連合会総会長と神山威日本統一教会名誉会長から手渡されました。 その後、 江利川安栄さんから修練会の経過報告があり、昨年6月7日のアラスカでの122人の日本女性修練会から始まって、その後アラスカの計2000人の修練会、済州道での計5万1802人の修練会、 そして今回の修練会に16万1631人が参加し、常に真の御父様が全力投入で御言を語ってこられたことを証ししました。 続いて周藤健氏と史吉子女史が登壇し、 修練会の様子と姉妹結縁式について報告しました。 そして大きな拍手の中、真の御父様が登壇されて、御言を語られました。 御言の後、真の御父母様からの記念品の授与式があり、御父母様はサイン入りのスカーフを2人の代表に直接結ばれ、 同じ物が全員に配られました。 また、 修練生代表12名、および御父様の御指名で韓国と日本の責任者の歌が披露され、続いて御父母様が日本語で「ふるさと」、韓国語で 「アリラン」などを歌われて、最後に金元弼・韓国家庭会会長の万歳三唱で祝賀記念式が終了しました。真の御父様はお別れの敬拝の後も名残を惜しまれ、修練生にまねをするように言われ、拍手をしながら回転したり、腕を組んで体を揺らしたり、全体が和動するようにさまざまな動作をされました。そして再度、万歳三唱をされ、黒板に大きな文字で 「16万完成万才」と書いてサインをされてから、午前零時30分に、大きな拍手とともに退場されました。
1.御言
「御母様を中心として日本の女性たちが一つになれなかったので、6000万の女性を代表して16万人という女性を糊でくっつけることをしています。16万人は糊のようなものです。 御母様がすべきことを先生がするのです。 なぜでしょうか? 主管圏の転倒はアダムの責任であるから、これをすべて教育して母の国を編成するための役事をやっているのです。 今は大転換時代です。」 (1994.11.3)
2. 小山田秀生氏の解説
「この16万の女性を教育する目的は、 32万の男性を教育するためです。 そして16万と32万を合わせれば48万 50万ができます。 これが緊急の目的です。 日本と世界を救っていかなければならないのです。これが天の大きな戦略プランです。」(1994.11.1)
《1998年真のお母様、チマチョゴリの授与》
日本統一運動史(光言社)p521
真の御母様のチマチョゴリ授与の恵みは、真の御母様と「母の国」になった日本とがさらに完全一体化して、日本が 「完成した母」となるためにあったと言えます。
1. 真の御母様の御言
①「チマチョゴリは特別な服です。 東洋三国中でも、幅広いチマ(スカート) を着る国は韓国以外にありません。 チマチョゴリは科学的であり、体を楽にし、美しいのです。 韓国チマの意味、内包されたものは深いのです。 御父様を通して、御旨を通して韓国女性に対してたくさん聞いて学んだでしょうが、韓国女性たちは御旨にふさわしいように育てられてきました。 女性が成熟して結婚すれば、親庭(妻の実家)では出嫁外人と言います。 嫁に行ったならば、嫁ぎ先で骨を埋めろと教えるのです。 嫁は、嫁ぎ先で精誠を尽くし、認定を受ける嫁、妻、母として現れなければならないのです。 夫の家の全員が認定して、後には尊敬される孝妻、 烈女になります。 チマは人間史に起きる喜怒哀楽を抱きます。 チマチョゴリは完成した女性を創造する服です。 そのような服をたくさん貰ったということは、 日本が抱えて行かなければならない責任と難しさがあるならば、率先して抱き、 責任完遂できる、さらに勇気百倍で生きて行く皆さんにならなければと思います」(1999.2.11 神戸にて)
《1999年アラスカで韓日米の指導者の修練会が開催》
日本統一運動史2(光言社)p113
1999年11月19日から27日まで、 アラスカ・コディアクで韓日米の指導者の修練会が開催されました。 この時期、アラスカは最低気温が氷点下20度にもなる極寒の季節に当たります。 このような厳しい環境の中で、 真の御父様は1999年を締めくくり、 新しい千年紀を迎えるため、指導者らと共に決意を新たにする修練会を持たれました。連日山に登り、狩猟に出られ、 祈祷を捧げました。 また穏やかな天候となった22日には4隻の船で釣りに出かけました。 真の御父様は「今は神の摂理の大きな転換期であり、 そのための準備をすべきである」と語られました。
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