後閑達雄『卵』 好きな句と鑑賞
2024年12月末に亡くなられた後閑達雄さん(1969-2024)の第一句集『卵』(ふらんす堂、2009年刊行)から特に好きな句について書いてみます。
後閑さんとは、角川の『俳句年鑑 2021年度版』の「2020年100句選(岸本尚毅選)」に載っていた〈畳見て畳拭きをり盆用意〉という後閑さんの句に感動し、唐突に私が手紙を書いてからの縁。その後、後閑さんとはメールやラインなどで頻繁にやり取りをしつつ、2024年の1月と10月の二回、直接お会いして話をしています。句集『卵』は初めてお会いした2024年1月のとき、後閑さんから直接いただいたものです。
目を閉ぢて雲雀との距離思ひけり
まぶたのうらに春の明るい日ざし。その先に雲雀が飛び、雲雀の明るく伸びやかな鳴き声が聞こえる。そんな幸せな春の日。「雲雀との距離思ひけり」には、世界と自分との恍惚とした一体感を味わっているようなところがある。雲雀の声に乗って、幸せな春の中へと自分が広がっていくような。
昼寝覚畳にねぢを拾ひけり
昼寝から覚めると畳に「ねぢ」があるというのは、ありそうでありながら、一方でありそうもない景である。その一種不条理な状況を、変に装飾もせず、そのまま句にしたことで妙な可笑しさがでた。昼寝から覚めたとき、もしそこに「ねぢ」があったらどうだろう。何度味わっても、唐突な「ねぢ」が面白い。
蜂よりも小さき花に蜂止まり
こういうことってあるのだろうけれど、こう言われてはじめて気づいたりもする。作者はその蜂を見つめている。しばらくして蜂は飛び立っていくだろう。それがどうしたといえばそれまでだけれど、人生というのはそういう些細な、小さなものの集まりでできている。そんな些細なものにじっと目を留めた。蜂も小さな花も自分そのものであるかのように。
一粒の息を吐きけり蜆貝
蜆の生命感を「一粒の息」で表した。この句を読むと、なんだか蜆が愛おしくなってくる。この蜆をこれから食べるんだろうな。
冷蔵庫まづは卵を並べけり
この句のどこがどう面白いんだろう。句の表面上は、いろいろと買ってきた食材の中でまずは卵を冷蔵庫に並べたというだけである。あの、冷蔵庫の扉の裏側にある卵用のポケットに並べたと。それだけのことなのに、一度読んだら忘れられないなにかがある。後閑さんが書くのは日常の不思議ではない。日常そのものだ。日常そのものを読者にぬっと出して、読者が見ていなかった日常をちょっと別の角度から見させる。そんなところがある。考えれば考えれるほど、わけがわからないままに、しかし愛さずにはいられない句なのだ。
最後に、帯に記されている後閑さんの自選10句も挙げておきます。私が特に好きな句とひとつも被っていないのも面白い。