誰かが訳した「アイラブユー」の話
毎日、気に入った音楽をかけながら
ハンドルを片手で握り、タバコをふかして
カーチェイスをしながら職場へ向かう。
ボーッと前の車を見て
運転に集中しているわけでも、
かと言って何か考えているわけでもなく
ただただ、運転を熟す。
職場について、始業準備をして
喫煙室に行き、口から煙と眠気を吐き出して
今日が暇過ぎず、忙し過ぎないといいなぁ。と願い
自分の在るべき場所へと戻り、仕事を熟す。
昼休憩、コンビニで毎日決まった陳列の中から
消去法で一日で唯一の食事を選び、淡々と熟す。
家に帰って寝る支度を熟して
明日の準備を熟して。
睡眠すら、「熟す」。
毎日を地道に、地味に、普通に、うまいこと「熟す」。
私はいつまで、熟すことを繰り返さなければいけないのか。
数ヶ月先?数年先?それとも死ぬまで?
考えただけで煙草が不味くなる。
毎日、生きる事が作業になって
作業を熟すだけの生き物の自分は
一体なんなのだろうかと思う。
こうなってしまったきっかけを、私は知っている。
誰かに問われた「アイラブユー」の訳し方。
私は、
「貴方を殺して殺人犯になっても
後悔しない。むしろ本望。」と訳した。
私をそう訳すように育てた彼は
今も呑気に、クソみたいな人格をぶら下げて
のうのうと生きている。
まぁそんな事はどうでもいい。
そんなアイツと別れて半年以上経った。
彼と着回した共有のTシャツを着て
彼と選んだソファーに座り
彼が微かに黄色く染めた元は真っ白の壁を見つめる。
この家も、彼と内見をして決めて、2年住んだ。
その彼の記憶も孕んだこの部屋で毎日を熟していても
彼の暖かい影も、記憶も、名残も、
不思議と感じ無くなった。
この部屋の契約を更新してすぐ、彼は何処かへ行ってしまった。
私は彼を心から愛していた。
そして、心の底から殺したいと思っていた。
私の「アイラブユー」は、彼に向けていたもので
今後、この物騒な「アイラブユー」を誰かに向けることは無いと
20と少ししか生きていない身で確信している。
青春の全てを捧げた大恋愛を
私は忘れることは無いし、
甘くて儚くて、苦くて淀んだこの記憶を
大事に大事に、毎日守って
呪いながら生きている。
彼と付き合って、別れて、吹っ切れるまで、
徐々にすり減り、故障が目立ち始め、
今の私はもう電池の切れたリモコンみたいに
どこに向けてボタンを押しても
反応しなくなっている。
おかしくなってしまった。
私というリモコンを
電池が切れるまで乱暴に扱い、大切に愛して
電池を取り替えることもせずにポイと捨てた彼を
私はまだどこかで埃をかぶって、
だけど、彼が愛した女だと言う誇りを持ち続けて
待っている気がする。皮肉。
だけど、頭は、この小さくて賢い脳みそは
あんな持ち主ごめんだ、
あんな持ち主なら捨てられて良かった
もう戻りたくないと、分かっている。
だから私はもう、考えることをやめた
電池を取り替えてくれる誰かを
探し求めることもやめた。
そうして私がたどり着いた答えは
今日を「熟す」。
私はまだまだ若いから
この先色んな事があって
沢山楽しい幸せがあって、チャンスもあるだろう
そのチャンスが、例え手乗りサイズでも
この私の小さい手にチョコン、と降ってくるまで
私は熟して待つしかないのだと悟った。
私は今日も
チャンスが来る事を待ち望むこともせず
探す事もせず、来たら来たで掴んで握りしめようとだけ
心に留めて、明日を熟すために、睡眠を熟す。
おやすみなさい、私の真っ黒で明るい、暖かい今日。
今日も一日よく生きたね
頑張ったね。
明日も上手いこと、熟すことを止めずに
やり過ごそうね。
さようなら。