「認められたい」という欲求
そう言えば、以前こんな記事を書いていた。
今読み直すと、結構恥ずかしいのだが
でも、残しておこう。笑
私は
人に「認められたい!」欲が
相当強かった。
「かった」と過去形にしていいのか?
と自分に問うてはいるけれど、
とにかく、
人から認められたかった。
そして特にピアノに関しては
かなり強烈に
「人から認められたい!!」
と思っていた。
「人に認めてもらわないとダメだ!」
とまで思っていた。
ある意味、強迫観念に駆られているように・・・。
「ピアノが下手くそなわかなちゃんは
人から『あらぁ、ピアノ上手ね』という言葉をもらっていないと
ピアノを弾いてはいけないのである」
↑
こんなことをいつの間にか、
勝手に、
自分の中に設定していた。
「自信を持つ」ことは必要か?
「ピアノに自信がない。
だって、人から認められた記憶がないから。
1番に認めてもらいたかった母親からすらも
『あなたのピアノ、上手ね』
と言ってもらった記憶がない。
【だから、もがいてももがいてもダメなんだ。
こんなに頑張ってるのに、誰も私を認めてくれないんだ。
私は、やっぱり、下手くそなんだな。
だからいつも、結果を残せないんだな。】
【だから私はピアノに自信が持てないんだ。
自信を持てるようになりたい。】」
こんなことを
ずーーーっと思ってきた。
何十年も思ってきた。
でも、今の私はそんなこと思ってない。
上の記事を書いた後、
1年かけてじっくり深く自分の奥底と向き合った。
今も向き合い続けているけど、
特に2022年から23年にかけて、
時間をかけて向き合った。
そこで、私は気付いたことがあった。
「母は私をいつも認めていた」
ということ。
「一番に認めてもらいたかった大好きな母親に、
認めてもらえない私。(なんてかわいそうな私)」
↑このことを選んで、
そしてこれを採用していたのは
他でもない私だ。
でも、違った。
私が見ていた世界、
私が自分で望んでつくり上げていた世界は
「母親に認められない、かわいそうな私」
だけど、本当は
「母親はそばでいつも一番に私を認めていた」
世界がすぐそこにあった。
だって、そうじゃなきゃ
私は最初からピアノを弾いていないだろう。
頭ではなく
心の奥底で、
理解できたことだった。
「母は、私を一番に応援し、誰よりも認めてくれていた」
このことをお腹の底から理解できたことで
気付けば、
「認められたい!」
と思うことがなくなっていた。
今までこの「認められたい!」から来る
諸々の嫌な出来事や事件もあったのだけど、
それもなくなっていた。
私は私のピアノが何より好きになった。
特に自分の出す「音」が、
とっても心地よく感じられるようになった。
「あぁ、私のピアノ、いいなぁ」と
自分の中で、完結しているような感覚。
だから、「自信」を持つ必要もなくなった。
自信?それなんだっけ?っていう感じになっていった。笑
それは、私をすごーく楽にさせてくれた。
今までの
「認められたい」
「他人が私を認めてくれない」
という邪気(と表現していいのか?笑)が、
体の中からスーッと消えていった感じ。
だからとても軽くなったし、
生きていくのが楽になった。
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