ホンモノに出会ってしまった話
亜矢が占いにハマったのは小学生の時だった。
きっかけというきっかけはよく覚えていない。
月刊漫画誌に載っていた星座占いの記事を切り抜き、家にある自分の机に毎月貼っていたくらいには信じ込んでいた。
月一なんていうスパンでは飽き足らず、友人から毎日占いが見られる朝の情報番組があると聞き、それも毎日見るようになった。
そのうち星座だけで区分けされるのはどうなのだろうと思うようになり、書店であらゆる雑誌を読みあさり、占いのコーナーだけを立ち読みして帰って行った。
血液型占いや動物占い、九星気学、ホロスコープ、その他占いとつくものならなんでも。
高校生になり、バイトしてちょっとした収入が得られるようになると、占いアプリをいくつもダウンロードして毎朝チェックするのが日課になっていった。
正直、それだけ占いばかりを読んでいると何が何だかわからなくなってくる。
それでも亜矢は無意識の中で、自分にとって都合のいい部分を取捨選択して信じ込んでいたのである。
大学生になってから初めて占い師に対面して見てもらった。
友人とランチを終え、ふらふらと歩いていたら占い師がいる喫茶店を見つけたのだ。
おしゃれで入りやすそうな店構えだったし、最悪、コーヒーだけ飲んで帰ればいいとも思っていた。
占うスペースは店の奥にある、籐で出来たパテーションの向こう側であった。
客はまばらにいて、完全な個室ではないのも安心感を覚えた。
注文を取りに来た店員に占ってもらいたいことを告げると、先生を呼んでくるのでパテーションの裏で待っているように言われた。
友人をテーブルに待たせ、亜矢はひとりで占ってもらった。
当たっているとか当たっていないとかそんなことより、亜矢はその占い師にとてもいい印象を持った。
これなら占いも怖くない。
もっといろんな人に見てもらいたいと思うようになった。
ネットで占い師の評判を調べ、完全に自分自身のインスピレーションで占い師の店をいくつも回っていった。
通りに面した軒下のような場所だとか、占い師が何人も常駐しているまさに占いの館みたいなところもある。
タロットに水晶、手相、姓名判断、口寄せ、大きなインコが登場したり、小豆のようなマメをかき混ぜたり、占い方はそれこそ千差万別なのだが、通い詰めてみると、どういうわけかみんないっていることが同じような気がしてきた。
多数の人に向けて書かれた雑誌やアプリよりも、亜矢ひとりに向けて丁寧に占った方がボキャブラリーに変化がないのである。
だから亜矢は変な気を起こして自分を偽ってみようと思ってしまったのだった。
何軒も回っているので覚えてない店もあるが、一番はじめに占ってもらった喫茶店はよく通りかかる場所にあるので再び訪れた。
前髪を切りそろえた長い髪の女性を見て、そうだ、この人だったと亜矢の方は覚えていた。
占い師は一瞥しただけでこれといってなにもいわなかった。
「今日はなにを?」
と、初回とも2回目ともとれる尋ね方をした。
「仕事のことで……」
学生だけど亜矢は勤め人のふりをして適当に話しを進めた。
占い師はタロットをかき混ぜて相づちを打ちながらテーブルに並べていく。
「大きなことを任されているのね」
見当違いなことをいっても、亜矢はいちいち驚き、その通りだ、どうしてわかるの、そんなことをいって話をあわせた。
でたらめな占いに金を払おうとしている自分は、気でもふれているかと自嘲したくなった。
占いにハマりすぎた自分がおかしな方向へ進もうとも、占い師がそれを指摘するはずもない。
いいカモなのだから。
「あとはそうね、暗い夜道は気をつけた方がいいわ。特に、こんな細い三日月の夜はね」
と、占い師は唐突に、仕事とはおおよそ関係のないアドバイスを口にした。
「え? なんですか?」
亜矢は思わず聞き返した。
「ちらつく街灯の下は気をつけないと」
最寄り駅から自宅までの道すがら、確かに、チラチラと点滅している街灯がある。
思い返してみれば、大学生になってひとり暮らしをするために今のところへ引っ越してきてから、ずっとちらついているような気がする。
「それはどういう意味ですか」
「一回目に見たときから気になってたの。怖がらせるつもりはないんだけどね」
占い師は見透かしたように笑みを浮かべた。
彼女の方も亜矢のことを覚えていたのだ。
話を作っていることに気がついていたのだろうか。
腹いせに意味深なことを言ってるの?
それとも、彼女は正真正銘の占い師?
彼女は笑みを引っ込めてタロットを裏返しに並べ直した。
「これはサービスよ。あなたの最後を占ってあげましょうか」
亜矢は慌てて断って店を後にした。
でたらめなことを言ってるのだろうとも思う。
でも、本当に何かが起こるとしたら……?
亜矢には占い師の心が読めない。
もう、遠回りせずには帰れなかった。
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